文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」のお粗末に、言葉もなし。


先ごろ、亡くなった赤塚不二夫ならば、僕としても、一目どころか二目も三目も置かざるを得ない漫画家で、それこそ「有名漫画家」なわけだが、小林よしのりと言うと、漫画家というより、政治かぶれの漫画家崩れ……とでも呼ぶべき存在であって、僕が小林よしのりのような政治かぶれの漫画家を、「有名漫画家」と呼ぶのではなく、「マンガ右翼」とか「マンガ保守」とか読んで、「差別」し、「侮蔑」し、「罵倒」するのは、漫画や漫画家を、「差別」し、「侮蔑」し、「罵倒」したいからではなく、あくまでも政治かぶれのトンデモ漫画家を、「差別」し、「侮蔑」し、「罵倒」したいからであるにすぎない。さて、「SAPIO」最新号を手にとって読んでみたが、相変わらす、ピン呆けの政治論や思想論を喚いている小林よしのりだが、彼の自慢は、「知名度」と「売り上げ」であるようで、僕は、ふと、数年前(?)、笙野頼子大塚英志の間で繰り広げられた「売り上げ文学論」論争を思い出した。大塚は、その時、漫画の莫大な「売り上げ」を根拠に、小説の「売り上げ」の少なさを、その頃の流行語である「不良債権」という言葉で断罪し、「売れない純文学に未来はない……」と、とんでもない文学批判、文壇批判を展開していたように思うが、小林よしのりも、似たようなもので、まことに幼稚な論理で、つまり「売り上げ」を思想的、政治的価値の根拠にして、思想論や政治論を展開しているのだが、これは要するに、先ごろ、刊行した『誇りある沖縄へ』が、沖縄の書店で、ベストセラー街道を驀進中(笑)だということを根拠にして、俺の(ワシの?)「沖縄論」は「売れている」から、正しいのだ、というわけなのである。さすがに落ちこぼれ政治漫画家の言うことはすごい。おそらく、政治や思想の世界に、「売り上げ」という尺度を持ち込んだ小林よしのりの功績は永久に消えないだろうなあ、と思う今日、この頃である。と、冗談はこれ位にして、本題に入ろう。実は、「ゴーマニズム宣言」最新号の政治漫画のテーマは、佐藤優批判がメインで、小生への批判は、佐藤優批判のついでに、ちょっと触れただけだということが分かった。「山崎行太郎との論争に公的価値はない。」とか負け犬の遠吠えらしい捨て台詞を残して、小生との論争を回避し、逃げ足も軽やかに敵前逃亡したのは、外でもない、小林よしのりその人であったわけで、今更、小生の名前などを、未練がましく出して、卑怯にもこそこそと批判・罵倒するわけがないだろう、と思っていたら、やはり予想通りで、まことに男らしく、小生の名前については一言もふれないままに、「無名の文藝評論家」とやらを、佐藤優批判のついでに、揶揄し、批判している。さすがに、福岡の名門大学・西南学院大学、じゃなかった、福岡にある大学、つまり福岡大学出身の「エリート漫画家」らしい見事な論壇遊泳術である。ご立派である。もちろん、これは皮肉である。さて、沖縄での「売り上げ」によって、その中身の正しさを保障されたという、小林よしのりの近著『誇りある沖縄へ』だが、前にも書いておいたように、最終章を編集後に、あわてて、つまり即席ででっち上げて追加したらしく、『誇りある沖縄へ』全体の論調とは無関係な、小生(山崎行太郎)への批判というより、小生(山崎行太郎)の主張と論理のパクリ(倒錯/盗作)に終始していたが、これが、本当に抜群の「売れ行き」を示しているとするならば、『誇りある沖縄へ』を手に取る読者は、当然のごとく、小生の名前を無視するわけにはいかないわけで、小生の知名度も、「小林よしのりには及びもせぬが、せめてなりたや殿様に……」という程度には、アップしたことであろう。ところで、小林よしのり単独編集の「わしズム」という雑誌の最新号には、八木秀次等、論壇の若き論客たちとの座談会が連載されているが、この座談会に、毎回、出席して、「小林よしのりグループ」を形成しているかに見えるのが、八木秀次と並んで、新右翼団体「一水会」の代表木村三浩や文芸評論家の富岡幸一郎等だが、残念なことに、彼等は、それぞれ、何らかの形で、小林よしのり言うところの「無名の文芸評論家」(笑)たる小生とも面識があり、個人的にもかなり親しい人も、中にいないわけではないわけで、つまり、小林よしのりが、編集長特権を利用して画策するほど、この座談会のメンバーは、小林よしのりのシンパでも、小林よしのりの思想的仲間でもなく、それぞれ独自の保守思想の持ち主たちなのであって、小林よしのりが、自らの思想的劣化と貧弱さを補うべく仲間をかき集めて虚勢を張り、新右翼気取りで周りを威嚇してみても、その足元は、最初から見えているのである。「お坊ちゃまクン」は、小生の前では、丸裸なのである。小生との論争から逃げた上に、性懲りもなく、小生を名前を出したり、出さなかったりしながら、ネチネチと、いつまでも小生のような「無名評論家」を批判し続けなければならないとは、小林よしのりも、堕ちたものである。小林よしのりさん、「無名評論家」のことなど、さっさと忘れてくださいね。お願いします。(笑)(続く)


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