江藤淳の『閉ざされた言語空間』と『南洲残影』を読む。「国家権力の乱用」を指摘し、「この裁判は打ち切らなければならない」と抗議した小沢一郎は、鹿児島で挙兵した西郷隆盛になろうとしているのか。それとも・・・。
僕の前には、今、江藤淳の『閉ざされた言語空間』と『南洲残影』がある。他に佐藤克己の『言論統制』と有馬哲夫の『日本テレビとCIA ーー発掘された「正力ファイル」』がある。これらの書物を、僕はあらためて読みなおしてみたいと思ったのである。むろん、「小沢事件」と「小沢一郎暗黒裁判」に接してである。つまり「小沢一郎問題」は、もはや法律問題や法廷戦術の問題などではないと思うからである。佐藤優は、「国策捜査」「検察の青年将校化」、そして「国家には生き残りの本能がある」「国家論」・・・という言葉で、この問題を早くから追及してきた。つまり、この一連の問題は、深く「国家論」そのものにかかわっている。小沢一郎という政治家の個人的なパーソナリティーや小沢一郎の言動などが問題なのではない。日本という国家が危急存亡の危機に直面していることが問題なのである。さて、江藤淳の『閉ざされた言語空間』が名著である所以は、想像力に富んでいると同時に実証性と論理性に富んでいるからである。同じようなテーマをさらに実証的に追跡した有馬哲夫の『日本テレビとCIA』も名著であるが、しかし実証性はともかくとして、江藤淳の『閉ざされた言語空間』と比べると思想的想像力と思想的実践性という点において、若干劣るように思われる。たとえば、有馬は、今、「小沢一郎」や「小沢事件」、「小沢一郎暗黒裁判」等についてどう考えているのか、僕は知りたいと思うが、しかし有馬哲夫はほとんど発言もコメントもしていないように思われる。おそらく発言したとしても、当たり障りのない一般論しか語りえないだろう。つまり、有馬哲夫にとって戦後ジャーナリズム史や占領軍の歴史などは研究調査の素材であっても、彼自身の存在の問題に直結している思想問題の素材ではない。そこが、江藤淳と決定的に異なるところだ。これは、我々が信じ込まされてきた戦時中の言論統制や言論弾圧という現実が、実は神話であり、戦後に生き延びた新聞記者やジャーナリスト、編集者、文化人たちによって捏造され物語であったことを、悪名高い「情報官鈴木少佐」の日記を基に実証的明らかにした名著『言論統制』を書いた佐藤克己にも言えるだろう。戦時中は、軍部による厳しい「言論弾圧」や「言論統制」が行われ、新聞記者やジャーナリスト、文化人たちは被害者だったというのが定説だが、その定説を覆したのが佐藤克己の『言論統制』である。しかし、この論文は資料としての価値はあるが、それ以上の思想的価値はない。つまり、戦時中の言論弾圧神話を捏造し、戦後のジャーナリズムで「被害者役」と「抵抗者役」を演じてきた者たちへの「怒り」と「哀しみ」が欠如しているのだ。言うまでもなく、江藤淳の『閉ざされた言語空間』や『南洲残影』が語りかけてくるものは、資料的価値にとどまるものではない。江藤淳の『閉ざされた言語空間』は、戦後の言論弾圧、言論統制を扱っている。
やがてそこに現出するのは、そのなかで、〝民主主義〟、〝言論・表現の自由〟等々が極度に物神化され、拝跪の対象となる一方、現実の言語空間は逆に「厳格」に拘束されて不自由化し、無限に閉ざされて行くという不思議な状況である。
新聞は、連合国最高司令官という外国権力の代表者の完全な管理下に置かれ、その「政策ないしは意見」、要するに彼の代表する価値の代弁者に変質させられた。検閲が、新聞以下の言論機関を対象とする忠誠審査のシステムでtることはいうまでもない。かくのごときものが、あたえられたという「言論の自由」なるものの実体であった。それは正確に、日本の言論機関に対する転向の強制にほかならなかった。
戦前、戦中の「出版法」「新聞紙法」「言論集会結社等臨時取締法」などによる検閲は、いずれも法律によって明示されていた検閲であり、非検閲者も国民もともに検閲者が誰であるかをよく知っていた。タブーに触れないことを意図していたのである。しかし、アメリカの検閲は、隠されて検閲が実施されているというタブーに、マスコミを共犯関係として誘い込むことで、アメリカの意思を広めることを意図していた。
(続く)
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