文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

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「原発安全神話」はいかにしてつくられたか?

テレビの経済番組などでよく見かける経済評論家に内橋克人という人がいるが、僕は今まであまり彼の話を真面目に聞いたことも、また彼の書いた物を読んだこともなかったが、たまたま手にした月刊雑誌『世界』で、「『原発安全神話』はいかにしてつくられたか?」という文章を読んで、この人が「原発問題」に以前から取り組んでいて、『原発への警鐘』という著書もあるということを知り、フクシマ原発事故以後、にわかに大量発生した「即席原発ジャーナリスト」や「即席原発評論家」とは明らかにその志が異なるわけで、少し見直した。内橋は、「『原発安全神話』はいかにしてつくられたか?」で、「原発安全神話」が、電力会社やその関連機関などによって、実に巧妙、且つ大胆な、そして大規模な広報戦略に基づく国民洗脳化計画によって、作られていった過程を細かく検証しているが、その中でももっとも面白く、興味深かったのは、「安全神話づくり」に馳せ参じた学者・文化人たちの存在を告発している部分である。こう書いている。

強烈なのは、ほとんどあらゆるメディアのスペースを買いとって繰り広げたパブリシティの壮大さである。東大・京大教授、男女キャスター、脳科学者、スポーツジャーナリスト、将棋名人、俳優、元文部大臣、ヒット続出の漫画家……挙げていけばキリがない。(内橋克人「『原発安全神話』はいかにしてつくられたか?」「世界」五月号)

なるほど、と納得させられる。あの人も、この人も、莫大なカネと引き換えに、原発の「安全神話づくり」に馳せ参じた学者・文化人たちだったのだということだろう。フクシマ原発事故以後、東京電力を擁護するかのような言論を展開する学者・文化人が少なくないという事実が、不可解であったが、その不可解の根拠がわかったように思われる。たとえば、つい最近、経済評論家の勝間和代女史が、「朝まで生テレビ」で原発擁護論的発言を繰り返したことが話題になったが、彼女もまた、おそらく、原発安全神話づくり」に馳せ参じた学者・文化人たちの一人だったということだろう。もちろん、原子力原発の専門家としての立場から、フクシマ原発事故の解説者として次々と登場し、「原発安全論」や「放射能無害論」等を展開し続けた「東大教授」たちも例外ではないだろう。あるいは原発事故の深刻化する現場への取材報道よりも、放射能汚染による「風評被害」や「パニック」の方を重視し、国民に向かって警告し続けたニュースキャスターやテレビ関係者たちも、同様であろう。では、この「PA戦略(パブリック・アプセプタンス)」は、どのように展開されていったのだろうか。

財団法人・日本原子力文化振興財団、社団法人・社会経済国民会議、その他、おびただしい数の組織や団体が頻繁に一般市民への世論調査をやり、その世論に影響を与える専門家、ジャーナリストたちに対しても面接調査を繰り返した。合計すれば膨大な費用か投じられている。そしていわゆるPA戦略なるものが練りあげられていくのだ。(中略)同財団の企画委員会(委員長・田中靖政学習院大学教授・当時)によって展開され、累積されたそれらの調査結果は、専門家グループのなかでもとりわけ評論家、ジャーナリストが原子力に対して「最も強い不信感を抱いているグループである」との結論を導き出したうえで、今後の゛PA戦略゛では、何よりもその評論家・ジャーナリストを見方につけることが重要であると強調している。新聞社内の記者、デスク、整理部などの役割分担まで仔細に分析されている。以後、はるかに壮大な規模で、PA戦略がくり広げられ、実践されてきたことが分かるだろう。


(続く)

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