文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

漫画と批評と満洲


昨日、正午ごろ、知り合いの女性が、「息を引き取った……」という電話を、今日、いただいたのだが、にわかには信じられなかった。むろん、病気で入院中であること、かなり重症で余命いくばくもないこと等、よく知ってはいたが、実は彼女はまだ42、3歳の若さで、いわゆる糸山秋子の小説で初めて知ったのだが、一流企業に男性社員とまったく同じような待遇と仕事を約束されて入社した「総合職一期生世代」の女性で、要するにバリバリのキャリア・ウーマンで、つい先日まで、元気に飛び回っていたから、昨日、亡くなったと言っても、ちょっと実感が湧かないのである。そう言えば、ある勉強会で知り合ったのだが、東大病院に勤務していた、まだ30歳前後の優秀な女医さんが、突然、亡くなったのも、2、3年前の年末だったように記憶している。いずれにしろ、才能や能力に恵まれた女性がその才能や能力を社会的に発揮し、様々な分野で活躍するのは当然であろうが、もちろん、それは将来的にも当然ではあるにしても、まだまだ男性に伍して働く女性達の個人的負担やプレッシャーは小さくないものと思われる。ご冥福をお祈りしたい。さて、突然、話は変わるが、戦争ギャグ漫画「のらくろ」について話す「北千住読売カルチャー」の講義の日が、いよいよ明日というところまで近づいてきたので、これまでも資料を集めていたのだが、昨日は久しぶりに神田古書店街に立ち寄り、珍しい関係資料を買ってきたのだが、ここで、簡単に思いつくままに感想を記しておこう。『のらくろ』関係資料で、やはり僕にとってもっとも面白い資料文献は、第一次資料たる『のらくろ漫画全集』や『のらくろ一代記』等を除けば、小林秀雄のエッセイ「漫画」(『考えるヒント』)と山口昌男の『のらくろはわれらの同時代人』である。とりわけ、小林秀雄の『漫画』は、僕のような文芸評論家を自称するものにとっては、不可欠の文献で、これがなければ、わざわざ『のらくろ』について発言することも、分析することもなかったであろうというような文献資料である。要するに、小林秀雄の創始・確立した「近代批評」と田河水泡の創始・確立した「近代漫画」は、実は、同じ屋根の下に義兄弟として同居していた「田畑の家」で生まれたのである。小林秀雄が『様々なる意匠』でデビューするのが昭和四年だとすれば、田河水泡が『のらくろ』の連載を「少年倶楽部」で開始するのは昭和六年だったが、この頃、二人は、「田端の家」に同居していたのである。(続く)




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①「田河水泡小林秀雄ーー『のらくろ』は満洲をどう描いたか?」
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