文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

判決文しか読まない日垣隆クン、

   
■2004/02/23 (月) 判決文しか読まない日垣隆クン、
 

■「バカの壁」族だった日垣隆
 日垣隆という人が、「エコノミスト」の「敢闘言」で、無知・無学・無教養をさらけ出して、頓珍漢な怪気炎をあげているのを、友人に教えられて読んだ。「青色発光ダイオード」の開発者としてノーベル賞候補にまで擬せられていると噂される中村修二カリフォルニア大学(サンタバーバラ校)教授(元・日亜化学社員)の「200億円判決」の話である。
 実はたまたま私もこの問題に関心を持っていたために、判決直後に「web日記」に、私の持っている情報を元に、中村修二と、日亜化学のライバル会社であった米国クリー社との間には、金銭の授受(株のストップオクション)や裁判闘争の密約があったのではないか…、つまり中村は米国資本に魂を売った売国奴ではないか…と、「中村修二批判」を書いた。ところがこれに異常ともいえるアクセスがあった。99パーセントが私の「中村批判」を罵倒する側の人たちだったと思われる。判決文やマスコミ情報を鵜呑みにした人たちであろう。
 ところで、この問題で頓珍漢な怪気炎を挙げている日垣隆も、そういう「バカの壁」族の一人のようだ。

 日垣は、産経新聞の「産経抄」氏が、≪研究者の特許が正当に評価されなければならないのは当然だが、むやみに訴訟沙汰が増えれば、技術者が個人プレーに走り金銭万能時代の風潮に拍車がかかる。≫と書いたのに対して、こう批判している。
 ≪あいかわらず陳腐な両論だけを 並べたてる空疎な度胸に頭がさがる。≫
 ≪多くのマスコミはまた、「こんな多額の対価が認められたら企業活動は成り立たない」と嘆く営業体験すらない非技術系トップの不用意なコメントを書き並べていたのだが、判決文を本当に読んだのだろうか≫ 
 ≪売上高一兆2086億円という莫大な貢献に対して、会社はほとんど何の賞賛も与えていなかったのである。そもそも、ポケットマネーと手作りの装置で研究開発に明け暮れた中村氏に上司や社長が為したことは「大至急、研究を止めよ」という社長メモ(本物)を嫌がらせで机に貼り付けることだったのだ。≫
 この一連の発言を読んで私は、お気の毒だが、日垣がこの問題に関してまったく無知・無学のドシロウトであると断言せざるをえない。日垣の批判の内容は、ほとんど中村修二が、著書やテレビ、講演などで「自慢話」として発言したものを無批判に受け入れたものばかりだ。

日垣は、この裁判闘争に隠された日米特許戦争の構造にも、その底に蠢いている国際的陰謀にもまったく無知である。日垣が、判決文もろくに読んでいないことは明らかだ。ましてや技術開発の内容などは…。
 まず、第一に指摘しておきたいのは、「青色発光ダイオード」と「青色半導体レーザー」(中村は対価をここまで拡大しているが、これは中村とは無縁の技術開発だ…)の開発と製品化の過程における中村修二個人の役割だ。日垣は、すべて中村個人の単独プレイのように錯覚しているが、トンデモナイ話だ。NNKの「プロジェクトX」の見過ぎじゃないの(笑)、日垣クン。
 青色発光ダイオードの開発と製品化の過程にはいくつかの段階がある。仮に三つの段階に(「三つのブレイクスルー」と言われているが…)分けるとすれば、中村が主として貢献した研究開発の段階は、
 ≪窒化ガリウム(NaG)に着目し、窒化ガリウムの結晶性の改良を行いつつ「MOCVD」装置を使った「ツーフロー方式」で、窒化ガリウム結晶の成長方法を確立した≫段階である。
 中村が、裁判で日亜化学に対して起こした裁判も、この「ツーフロー」方式に関する「404特許」の部分である。

しかし、これはまだ第一段階である。「青色発光ダイオード」の製品化には後に二つの段階のブレイクスルーが必要だった。それは「アニールP型化現象」の段階と「ダブルヘテロ構造」技術の確立の段階である。
   しかるに、この二つの段階のブレイクスルーは、中村の手ではなされていない。その二つの段階のブレイクスルーに貢献した技術者は、中村の部下として研究開発に励んでいた日亜化学の若い技術者たち、I氏とN氏である。
 中村は、部下の「アニールP型化現象」に関する研究開発を最初は無視していた。しかし、部下の研究開発が次第に成果をあげはじめると、そのデータをひそかにかき集め、「中村修二」名義で論文として発表してしまう。実は、この「盗作パクリ論文」こそが中村修二の研究業績として高い評価を受け、数々の賞(仁科科学賞など)を受賞することになった論文だ。そしてこれを契機に、中村の名前は、「青色発光ダイオード」を会社の指令を無視してまでも単独で開発した技術者として一人歩きを始める。
 さて、中村は、自分の開発した「ツーフローMOCVDC装置」の段階が一番大事なブレイクスルーだったと言っている。だが、それもあやしい。ツーフローの技術は、当時でも業界ではすでに半ば公認されていた知識・技術であって、しかもまだ不完全なものであった。したがって現在、ツーフロー方式を採用している会社は、日亜化学やクリー社をはじめとしてどこにもない。今や、いやすでに早くからほとんど役にも立たなくなっている「404特許」だけで、「200億」の対価とは…。裁判官も冗談が過ぎる。  しかも、中村は、日亜化学のライバル会社である米国クリー社との間であやしい裏取引をしていた。つまり中村は、「404特許訴訟」を起こすにあたってクリー社から、7万株のストップオクションの提供を受け、さらに裁判費用全額肩代わりという契約も結んでいた。なぜ、そんな密約が必要だったのか。



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1947年生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科卒。慶應義塾大学大学院修了。東京工業大学講師を経て、現在、埼玉大学講師。朝日カルチャー・センター(小説教室)講師。民間シンクタンク『平河サロン』常任幹事。哲学者。作家。文藝評論家。

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