文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

「バッシング」と「批評」の差異。


「バッシング」は集団で行なう。個人の責任は問われない。だから言いたい放題。「小保方博士バッシング報道」なんてもう知らないよ、というわけだ。「批評」や「批判」は個人で行う。批評する人間は、責任を問われる。尊敬できる批評家は、決して集団や多数意見を隠れ蓑にしなかった。「「千万人といえども我行かん」(孟子)・・・。小林秀雄吉本隆明江藤淳柄谷行人・・・。みんな孤独な思想家だった。


人気ブログランキングへ

批評と学問は違う。学問は、大学や研究所という組織・集団を隠れ蓑にしている。学者は危険な問題に踏み込まない。「みんなで渡れば怖くない」というのが学者=学問の世界。学者は、集団で行動し、面白い危険人物を排除する。例外もあるが・・・。パラダイムとは学者集団のことだ。この集団は、しばしば残酷なバッシング集団になる。批評家は違う。集団を嫌う。


批評家は生理的に集団的思考を嫌う。孤独な単独者的思考に誇りを感じる。それが出来ない人は批評家には向かないし、そもそも批評家になれない。小林秀雄は、昭和初期、マルクス主義全盛の時代に、「反マルクス主義」を旗印に、激しいバッシングを受けながらも、時代に立ち向かった。


吉本隆明は、晩年になって、福島原発事故に直面する。そこで、吉本隆明がとった言論は尊敬に値する。右から左まで、「反原発」一色となる中で、「原発擁護論」を展開した。付和雷同する一般大衆やエセ知識人たちは、吉本隆明は「耄碌した」だの、吉本隆明は「ボケた」だのと嘲笑したが、小生は改めて尊敬しなおした。


吉本隆明には「反核異論」という著作もある。吉本隆明は、昔から「反核的言論」のいかがわしさに、異議を唱えてきたのだ。左翼集団的言論のいかがわしさに。福島原発事故がおきても、その思想態度を変えなかったということだ。


「小保方博士バッシング報道事件」において、集団を隠れ蓑にしなかった科学者や知識人が一人でもいるか?東大教授と科学者とか、ほとんど匿名みたいなものだろう。誰が、責任を取るのか?笹井芳樹博士を殺したのは、誰か?若山照彦か遠藤高帆か。みんな匿名の「2チャンネル」みたいなものだろう。


小生は、「耄碌した」、「呆けた」と罵倒されつつ死んでいった吉本隆明が好きだ。吉本隆明は、孤独や孤立を恐れない、文字通りの孤独な批評家だった。吉本隆明が死んだ時新聞などに「私も吉本隆明ファンだった」と称する追悼文を大学教授やエセ文化人たちが書き散らした。では、お前らは「原発擁護論」を主張できるか?


吉本隆明は、多数の弟子や崇拝者に囲まれていたが、孤独だった、と柄谷行人が言っていた。至言である。高価な「吉本隆明全集」が売れているらしい。しかし、吉本隆明のファンにも読者にも、吉本隆明は理解できない。吉本隆明のように孤立無援の言論は闘う者はいない。みな、付和雷同する一般大衆。


朝日新聞バッシングに反対する会とかなんとかいうところから署名依頼が届いた。むろん拒否。小生は、朝日新聞バッシングにも反対だが、朝日新聞を護る会の署名にも反対だ。最近は、北星大学の植村元記者を護るとか言っている。植村元朝日新聞記者よ、自分の言動には、自分一人で責任を取れ。甘えるな!



現代日本の論壇や科学ジャーナリズム、アカデミズム・・・を地盤沈下させた「思想的劣化」は、どのようにして起きたのか?拙著『保守論壇亡国論』は、保守論壇だけではなく、左翼論壇、アカデミズム、ジャーナリズム、科学ジャーナリズム・・・を含めて、現代日本人の「思想的劣化」の根源的問題を、哲学的に解明しています。御一読ください。







http://www.amazon.co.jp/gp/product/4906674526?ie=UTF8&at=&force-full-site=1&ref_=aw_bottom_links


人気ブログランキングへ



曽野綾子が『ある神話の背景』(『沖縄集団自決の真実』改題)の「誤字=誤植」を訂正した改訂版を出したらしい 。しかし、曽野綾子の改竄=捏造は、誤字=誤植の訂正ぐらいで、解消されるわけがない。さらに決定的な改竄=捏造疑惑が指摘されている。疑惑だらけの『ある神話の背景』は、絶版にするしかないだろう。



曽野綾子の『ある神話の背景』は、全面的に、赤松部隊の制作した「陣中日誌」に依存している。だが、この「陣中日誌」は1970年に赤松部隊隊員=谷本小次郎によって全面的に書き換えられた、歴史的資料価値ゼロの「改竄=捏造文書」であった。



■ここに一枚の写真がある。赤松嘉次や赤松部隊の隊員たちが、テーブルを囲んで打ち合わせをしている写真である。左上に、曽野綾子の顔も見える。曽野綾子は、『ある神話の背景』の中で、赤松部隊の隊員たちとは、「個別に」あったと書いている。「集団で」会うと口裏を合わせるから、複数では合わわなかった、と。これが、真っ赤な大嘘である。この写真が、証明している。曽野綾子は、事前に、赤松部隊の面々と集団で会い、綿密に打ち合わせをしているのだ。




大江健三郎の『沖縄ノート』を批判した曽野綾子の『ある神話の背景』(『沖縄集団自決の真実』と改題)は、右翼=保守派のバイブルだったが、その『ある神話の背景』そのものも、改竄=捏造文書「戦中日誌」にもとずく改竄=捏造文書だった、ことを実証的=論理的に暴露した本・・・。(⬇)



http://www.amazon.co.jp/gp/product/4906674577?ie=UTF8&at=&force-full-site=1&ref_=aw_bottom_links




人気ブログランキングへにほんブログ村 政治ブロへ (続きは、『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!有料メールマガジン『週刊・山崎行太郎』(月500円)でお読みください。登録はコチラから→http://www.mag2.com/m/0001151310.html