文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

小保方晴子博士の博士論文を追求するならば、竹中平蔵の博士論文のイカサマも追求せよ。

青木理氏が、「月刊日本」四月号で、竹中平蔵の博士論文となった著書に共著者がおり、その共著者の名前は、著者名のところからは削除され、竹中平蔵の単独著書となっている、という事実を暴露している。元々は、佐々木力氏『市場と権力』が明らかにした事実らしいが、今、まさに「小保方問題」ともからんで、「博士論文とは何か」が問われている時だけに、あらためて竹中平蔵の博士論文、あるいは学位の取得法が問い直されなければならない、と思う。竹中に博士号を与えたのは一橋大学のはずだが、一橋大学の「博士論文」も、怪しいものだということが、明らかにされる日は近いだろう。一橋大学に限らず、国立大学が乱発している博士論文なるものの実態も、いずれ、明らかにしておくべきだろう。就職のための博士論文なのか、学問(科学)のための博士論文なのか。何も、「先端研究」などやらない怠惰、無能な大学教員に限って、他人の博士論文や博士論文の書き方にうるさいのは、何故か。東大大学院をはじめとした博士号を粗製乱造する大学が、就職のための専門学校と化しているからではないか。だから、最近のジャーナリズムや論壇も、誰々は博士号をもっているとかいないとか、誰々がどこの大学に就職したのかとか、誰々は博士号も持っていないのに偉そうなことをいっているが、けしからんとか、実に低次元の話題で持ちきりなのだ。ジャーナリズムも論壇も、そして科学研究業界も、俗物(愚者)たちの楽園と化しているのが現状だろう。日本社会が、右も左も劣化するはずだ。というようなことを、佐高信氏との対談集『曽野綾子大批判』で、話しました。ご期待ください。
(続く)


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