文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

文学は東日本大震災にどう立ち向かうか?僕が、今年の震災報道で、唯一、評価する井口時男氏のエッセイを紹介します。

僕は、今となっては月並みだが、今年の三月十一日の東日本大震災に衝撃を受けた。地震そのものよりも、震災報道に、さまざま意味で強い衝撃を受けた。街や村を襲う巨大津波の映像は、そしてその巨大な津波を茫然自失の状態で、丘の上から見つめるしかない被災者たちの映像は、あらゆる言葉を拒絶していた。しかしその後にマスコミを中心に沸き起こった「頑張れニッポン・・・」的な報道合戦、そこに乱舞する言葉からは目をそむけざるを得なかった。文学は、こういう場合、どういう対応をするだろうか、と僕は、文学者たちの言葉を、待った。予想通り、文学者たちの言葉も、マスメデイアの言葉同様に、惨憺たるものだった。しかし、その中で、僕の目を引いた発言がいくつかあった。本人の了解を得て、次に紹介する井口時男氏のエッセイも、その一つだった。実は、昨夜、その井口時男氏や某通信社の若い記者、井口さんの教え子(東工大大学院)等と、新宿の某所で、今年最後の飲み会をやった。そこで、たまたま、井口時男氏のエッセイの話が出た。実は、話は聞いていたが、地方新聞掲載のエッセイなので、まだ読んではいなかった。僕だけではなく、多くの人が読んでいないだろう。そこで、当ブログに掲載することにしたのである。是非、御一読を。文学が、まだまだ捨てたものではないということが分かるだろう。

■「それでも人は言葉を書く」
井口時男(文芸評論家)



東日本大震災の中心的な被災地となった福島、宮城、岩手の三県は、その昔、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅でたどったコースだった。
芭蕉はその五年前、「野ざらし紀行」の旅をしていた。富士川のほとりで三歳ばかりの捨て子が泣いているのに遭遇した芭蕉は、わずかな食物を投げ与えて立ち去った。その時の句。
「猿を聞く人捨子に秋の風いかに」
猿の泣き声が腸(はらわた)を断つほど哀れに響く、という古典の詩を踏まえて、秋風に泣く捨て子の声はもっと悲痛に人の心を責めるものだ、という意味である。
そして芭蕉は書く。「ただこれ天にして、汝(なんぢ)が性(さが)のつたなきを泣け」と。お前が捨てられたのは天の定めた運命というものだ、お前は父母をも誰をも怨んではならない、ただ我が身の不運の生れつきを泣け、というのである。
「汝が性のつたなきを泣け」とは非情きわまりない言葉だが、これがぎりぎりに突きつめられた非情さであることはわかるだろう。現実倫理として自分に出来ることはしたうえで、その泣く声に深く胸を痛めたそのうえで、芭蕉はあえてこう書いたのだ。芭蕉の文学はこの非情さの上に立つ。
文学は現実の悲惨に指一本触れられない。直接に触れようとする文学は、現実の勢力と結びついて、スローガン(標語)になったりプロパガンダ(宣伝)になったりアジテーション(扇動)になったりしがちだ。
だから、文学は現実の拘束から自由でなければならない。自由であることは無力であることと裏腹である。しかし、無力を承知で、なおも言葉によって現実に向き合おうとする緊張の中でのみ、文学の自由は真に試される。
挽歌や鎮魂歌を詠むのは古来文学の仕事だったし、他者への共感と感情移入を教えたのも文学だった。だが、安易な共感を拒んで、他者というものが最終的に理解不能だと教えるのもまた文学である。戦場そのものを描写しようと苦闘するのも文学なら、源平の争乱を完全に無視した藤原定家の姿勢も文学である。さらに、人間に不可解で不条理な運命をもたらす何ものかに真率な抗議の声をあげるのも文学なら、若き日の坂口安吾のように、その不条理をただ嘆き怨むのでなく、ナンセンス(意味無し)の哄笑に、腹の底から天上にまで噴き上げる大笑いに変換して、人間世界を一挙にまるごと肯定しようとするのも文学である。
文学の声は多様なのだ。大事なことは、それがそれぞれにぎりぎりまで突きつめられたうえでの声の多様さであることだ。この多様な声の通路が封鎖されたり狭められたりするとき、文学は死ぬ。
津波に呑まれる三歳の子供を思えば誰でも声を失うだろう。傷ついて無人の地に変貌した故郷を思えば誰の胸も痛むだろう。それでも人は声をあげるし、言葉を書く。
失語の危機と背中合わせの場所で発せられた言葉は、かならず深く人の心を打つ。富士川のほとりで、芭蕉も一度は言葉を失ったはずである。
(共同通信配信、「新潟日報」その他に掲載)
井口時男(文芸評論家、3月まで東工大教授)


(続きは、『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!有料メールマガジン『週刊・山崎行太郎』(月500円)でお読みください。登録はコチラから、http://www.mag2.com/m/0001151310.html

人気ブログランキングへにほんブログ村 政治ブロへ