文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

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江藤淳の「故郷へ帰る」について。

江藤淳の初期作品の一つに、江藤淳のデビューのきっかけになった評論「マンスフイールド覚書」の他に、「故郷へ帰る」という小説の翻訳がある。原作はウイリアム・サロイアンだったとおもうが、あまりにも江藤淳的なテーマなので、原作のことなど忘れてしまうほどである。むろん、僕は、この作品は江藤淳の翻訳ではじめて読んだ。そして文字通り、自分自身の問題として読んだ。「涙なくして読めない」・・・小説であった。僕が江藤淳と親しくなったのは、江藤淳東工大教授を辞めて、母校・慶應義塾大学法学部の客員教授に迎えられ頃だった。その頃、明らかに江藤淳は、かなり精神的に高揚していた。一度、自分を追い出した母校に、今度は教授として帰るのだ。江藤淳は、興奮状態にあったといっていいかもしれない。「三田に帰る」か「三田再訪」とかいう内容のエッセイを書いたのもその頃だった。江藤淳は、慶應英文科始まって以来の逸材と言われながら、あまりにも早熟、英才であったが故に、そのことが災いして、母校・慶應義塾大学大学院を、志半ばに、逐われた人であった。僕は、最近知ったのだが、江藤淳が大学院の授業に出ると、「今日は、江藤君が来ているから、休講にする」というような教授がいたのだそうである。江藤淳は、すでに、その頃、ほぼ同じ頃デビューした大江健三郎らとともに、学生でありながら、文壇で華々しく活躍しはじめていた。教授たちの嫉妬と反感を買っていたのだろう。そういう志の低い、馬鹿な教授は、いつの時代にもいるものだ。しかし僕が、この話を聞いて驚いたのは、江藤淳に対して露骨な嫌がらせをしたのが、なんと、あの 著名な学者詩人で、ノーベル賞候補にも噂された西脇順三郎だったという事実であった。江藤淳は、大学院を、「ジャーナリズムで物を書くのなら、大学院は辞めたまえ」と言われ、結果的に、追い出される破目に至ったということは書いている。しかし、そう言ったのが、詩人・西脇順三郎だったとは、江藤淳自身は、僕の知る限り、書いていない。江藤淳の怒りと絶望、そして哀しみの深さが、そこに隠されている。しかし、僕には分かる。江藤さん、あなたの怒りも絶望も、そして哀しみも、全部、分かってますよ、と肩を叩いてやりたくなる。さて、サロイヤンの「故郷に帰る」に戻る。江藤淳が翻訳した「故郷に帰る」という小説の話はこんなものだったように思う。ある青年が、志を抱いて故郷を出る。しかし青年は、なかなか志を果たすことができない。そんなとき、ふと、故郷の母や父、弟や妹の顔が浮かぶ。今頃、彼等はどうしているだろう。そう考えると、青年は、もういても立ってもいられなくなる。帰りたくて、たまらなくなる。彼等に会いたい。そして今までのこと、苦労した話など、いろいろんことを話したい。青年は「故郷に帰る」ことを決断する。そして、もう一度、出直そう、と。故郷の家が近づいてくる。あれから、父は年取っただろうか。母は。そして弟や妹は大きくなっただろうか。青年の胸は高鳴る。熱いものがこみ上げてくる。しかし、家の玄関先に立ち、家の中から聞こえてくる一家団欒の楽しそうな会話を聞いた時、そしてガラス越しにその光景を目にした時、青年は、立ちすくむ。彼等は大歓迎してくれるだろう。青年も、いままさに、飛び込んで行き、彼等とともに再会を祝したい。しかし、青年は、すべてを拒否し、黙って、そののまま立ち去る。おそらく、この話は、サロイヤンの自伝であろう。しかしそれにしても、江藤淳は、何故、この小説を翻訳したのだろう。江藤淳も、帰りたいが、帰れないというタイプの人間だったのだ。江藤淳は、3歳か4歳で母親と死別している。父親は再婚し、妹と弟が出来た。新しい家族の中で江藤淳のいる場所はない。江藤淳もまた帰りたいが、帰るわけにはいかないひとだった。小学校時代は登校拒否を続けたために、家族と別れて、鎌倉の祖父(義母の父)の家に移る。つまり、家族の団欒を拒絶する、あるいは家族の団欒から拒絶されたのが江藤淳であった。若き日の江藤淳が、サロイヤンの「故郷に帰る」を翻訳したくなったのは、そこに理由がある。成熟するとは、何かを喪失することだ、という『成熟と喪失』にもつながる。僕が、江藤淳という文芸評論家と初めて言葉を交わしたのは、三田文学のパーティーの席だった。僕が、江藤淳にはじめて会って、親しく会話した時、実は江藤淳にとって最も幸福な時代だったと言えるのかもしれない。母校である慶應義塾大学という「故郷に帰る」ことが出来た瞬間だったからである。その夜は、帝国ホテルの地下にある寿司屋に連れて行ってもらったが、江藤淳は、深夜まで語り続けていた。「故郷に帰る」話になると、僕はいつも、この「江藤淳との一夜」を思い出す。(続く)

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