文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

宇野弘蔵の「恐慌論」と「労働力商品化論」の哲学的意味について。


西部邁氏は、保守派に転向して以後も、学生時代を振り返って、ことあるごとに反日共系左翼組織、「ブント」の指導者の一人だったことを、要するにその輝ける左翼過激派体験を声高に吹聴するが、それによって、俺は左翼思想やマルクス主義哲学にも精通しているのだぞ、と読者や保守仲間を、なかば脅迫し恫喝しているつもりのようだが、しかし、彼が左翼思想やマルクス主義哲学に、本格的に言及したものはきわめて少ない。というよりも、僕の目にした範囲では、まったくゼロと言っていい。同じくブントの指導者の一人だった「姫岡怜治(青木昌彦)」は、吉本隆明の「戦後思想の荒廃」という画期的な論文で、その左翼過激派時代のマルクス主義を理論的根拠にした状況分析の論文が紹介され、僕なども目にしたことがあり、また転向して以後も、近代経済学の分野で、日米を股にかけて活躍する経済理論家として知られているが、西部邁に関しては、左翼過激派時代のマルクス主義関係の「論文」なるものを見たことがないし、また転向以後にも、『ソシオ・エコノミクス』等、二、三の経済学関連の著書はあるものの、本格的な経済分析の論文を読んだことがない。日米安保条約をめぐって闘わされた「60年安保闘争」といわれる学生運動なるものが終焉し、多くの学生たちが、それぞれ大学や日常に帰って行ったとき、西部邁もまた、裁判を抱えながらも、大学に戻り、大学院に進学、そして、「マルクス経済学」ではなく、なんと「近代経済学」、あるいは「理論経済学」なるものを専攻し、見事に体制側、権力側に寝返ったわけだが、その転向過程が、内面的に、いかなる思想的意味を持つのかを知ることはできない。学生時代は左翼過激派の指導者、卒業すれば体制・権力側を代弁・擁護する保守思想家…。それが西部邁氏の素顔であって、それ以外の何者でもない。まことに、機を見るに敏な、あるいは何処が日の当たる場所かを動物的勘で察知するかのような、うまい身の処し方というか、遊泳術である。大いに見習いたいところだが、僕はそういう調子のいい、世渡りのうまい人間を、昔から、尊敬することはできない。さて、僕は、西部邁氏が、マルクスマルクス主義、あるいはマルクス経済学の東大教授・宇野弘蔵について本格的に言及した文献を知らないが、少なくとも、今回の「中央公論」における柄谷行人との対談「恐慌、国家、資本主義」で、「西部邁マルクス経済学」、あるいは「西部邁と宇野経済学」という問題点の一端を知ることが出来る。というわけで、西部氏が、マルクス経済学としての「宇野経済学」に関して語っているところを見ておくのも、今後のために無駄ではあるまい。西部氏は、柄谷行人氏が、「恐慌の必然性」と「革命の必然性」を論理的に切断する理論を打ち立てたということを宇野経済学の要点として強調するのに対して、宇野経済学のキイーワードとして「労働力商品化の無理」と言うことを強調している。西部氏は、こう言っている。「僕が宇野弘蔵を読んで非常に強く印象に残っているのは、『労働力商品化の無理』という論点です。労働力というのは資本主義機構では再生産できない。次世代の労働力は家族で男女が生み出すわけですから、それは資本主義のシステムの外部にある。」「労働力供給も恐慌論と密接な関係があって、宇野がいったのはこういうことです。好景気が始まっても、労働力は景気に合わせて増えてくれないから労賃がどんどん上がる。そのことを読み取れずに、資本家が好景気に乗って投資を進めていく。そうすると、それに伴って労賃が上がり、労賃上昇ゆえに、ある段階から利益から損失に転換する。その途端に、資本主義的な再生産が障害を起こす。これが宇野のいう恐慌の必然性の要点で、そういう意味で、労働力商品化の無理が資本主義のアキレス腱だといった。」(「恐慌、国家、資本主義」) ここで、西部邁氏が、資本主義のシステムの外部にある「労働力商品」は、自由に再生産出来ないがゆえに、やがて労働力不足と労賃上昇から、いわゆる資本主義の危機としての恐慌に至る、という宇野経済学の要点ついて語っていることは、よくわかるが、西部邁氏は、労働力商品についてそれ以上の分析や言及を避けて、そのまますぐに日本的な(?)「組織論」や「共同体」論という問題に論点を移動していく。そして西部邁氏は、こういう、「つまり、人間は、組織か集団かは場合によるけれども、組織(human organization)というものを作って、労働力商品化の無理にそれなりに対応している。」と。そういう組織の一つが労働組合であり、また日本的経営における家族主義的な会社…などであるが、要するに、ここで、西部邁氏は、「そういう人間の作った組織の問題が、経済活動の真ん中に入ってきてしまう。」。あるいは「経済の現実からかなり離れたところで作り上げた、現実の総体には決して迫れない仮構というよりも虚構ではないのか。」という理由から、マルクスの『資本論』や宇野経済学の純粋な経済理論、あるいは現実離れした純粋な資本主義論や市場論、あるいは自由交換論、商品論と決別して行くわけだ。僕は、このことからも、西部邁氏が、それほど深くマルクス経済学や宇野経済学のことを考えていないことは明らかだと思う。では、何故、ここで西部邁氏が、マルクス宇野弘蔵に言及したかと言うと、それはマルクス宇野弘蔵のテキストを深く読み込み、それらを思考の原点に置いている柄谷行人氏の話に触発されたからであり、したがって西部邁氏に深いマルクス宇野弘蔵に関する考察があるとは思えない。というわけで、二人の話は、特に西部邁氏の話は、早々と、純粋資本主義論としてのマルクス経済学や宇野経済学という原理論思考から遠く離れて、資本主義の危機・恐慌への対応策としての相互扶助組織である「協同組合」や日本的な「共同体」へ話題は移っていくのだが、やはりそれから先の共同体論や組織論の話は、誰でもが簡単に思いつきそうな話であって、僕には物足りない。そこで、それから先の「労働力商品」に関する分析や考察は柄谷行人氏に頼らざるを得ないというわけだ。では、「労働力商品」とは何か。資本主義経済システムにおいては、労働力としての人間労働(労働者)が、商品として扱われると言うことである。ご承知のように、マルクスの『資本論』は、商品論から始まっているわけだが、その商品論なるものが複雑怪奇で、それ故に出鼻から難解だということで、多くの読者が『資本論』の読解作業を、この段階であきらめることが多いわけだが、しかし、ここにマルクス経済哲学の真髄があることは言うまでもない。






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