文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

丹羽教授が高橋洋一「政府紙幣発行論」のデタラメを批判。

政府紙幣発行」による「造幣益」で不況克服と経済成長を目指せ、という斬新な処方箋を十年ぐらい前から主張し続けている丹羽春喜氏が、最近、その裏にどういう政治的意図や謀略があるのどうか知らないが、三宅久之という自民党の御用評論家や榊原英資等とともに、突然「政府紙幣発行論」を唱え始めた高橋洋一(元大蔵官僚、東洋大教授)を、その「政府紙幣」に関する無知と理論的欠陥を指摘しつつ厳しく批判している。丹羽教授によると、高橋洋一は、こんなことを言っているらしい。

 12月ごろから、週刊誌や新聞などで、「政府紙幣を発行して、それを国民に配るといった景気対策やマネー・サプライの増加をやれ」という提言が盛んに掲載されはじめた。財務省出身のエコノミスト高橋洋一氏(東洋大学教授)が、スターダムに登場して、ひっぱりだこになっているようである。要するに、わが国では、国債の発行はもう限界にきており、増税などは論外であるから、「国(政府)の貨幣発行特権」の発動で、日銀券とは別個の「政府紙幣」を刷り、その発券収入(「造幣益」)という政府財源──これは、租税徴収ではなく、また、国債とは違って政府債務にもならない──によって、景気対策を行なえという意見である。これは、従来は「禁じ手」とされていたことであるが、深刻な大不況襲来の危機にある今、マスコミでもついに解禁となったのであろう。


 ともあれ、高橋洋一氏が「政府紙幣を発行して、国民に配布するべきだ!」と、幾つものメディアや著書で提言していることは、基本的には良いことだと考えられて良い。しかし、彼は、びっくりするような初歩的な間違いもおかしている。高橋氏が12月に公刊した新著『この金融政策が日本経済を救う』(光文社新書)では、次のように書かれているのである。

 

「・・・日銀は紙幣を刷ると、・・・一万円札を一枚刷るだけで、日銀には

9980円の差益が入ります。これが通貨発行益です。この差益は日銀から国

庫納付金となって政府に入ります。・・・実は、この話、お札をたくさん刷

ればインフレになるという言い方と整合的です。」(上掲書、30~31ページ)



言うまでもなく、高橋氏のこのような記述は、信じられないほどのひどい誤りである。これでは、何のために高橋氏が日銀券とは別個の「政府紙幣」の発行・配布を提言するのか、根拠が薄弱になってしまうではないか。そもそも日銀券の発行額は、その全額が日銀の負債として貸借対照表に計上されるものであり、したがって、「通貨発行益」(造幣益)は日銀の利潤としては生じない。

したがって、国庫への納付金にもなりえない。このことはエコノミストにとっては、周知のことであるはずである。同じ箇所で、高橋氏が「通貨の発行は、日銀だけではなく、政府にもできます」と付言してくれているのは良いことであるが、それにしても、日銀券の発行が、すぐに、国庫納付金になりうるような「日銀の利潤」としての「通貨発行益」を生むなどという論述は、現行の日銀券の発行制度や日銀の会計原則を全く知らない者の思い違いそのものである。これが、大蔵省=財務省のエリート・キャリアー官僚エコノミストの第一人者と見なされて、小泉=竹中政権の政策中枢に参画し、そして、現在は大学教授の任にある人物が述べたことなのであるから、がっかりせざるをえない。

高橋氏は、「・・・日銀は紙幣を刷ると、・・・一万円札を一枚刷るだけで、日銀には9980円の差益が入ります。これが通貨発行益です。この差益は日銀から国庫納付金となって政府に入ります。・・・実は、この話、お札をたくさん刷ればインフレになるという言うのと整合的です。」(上掲書、30~31ページ)と言っていることからもわかるように、日銀券と政府紙幣の区別ができていない。丹羽氏が言うように、日銀券の場合、その全額が日銀の負債として貸借対照表に計上されるものである。したがって、日銀券の発行・印刷からは、その分だけ日銀の負債が増えるだけで、いわゆる「造幣益」は発生しない。高橋洋一氏の言うように、日銀券の発行・印刷で「造幣益」が得られるとするならば、わざわざ政府紙幣発行の必要はないということになるわけだ。むろん、これは高橋氏の無知に由来する議論に過ぎない。要するに、負債の増加なしに「造幣益」が得られるのは政府貨幣、つまり政府紙幣のみで、それ故に政府紙幣発行の革命的意義があるわけであるが、一夜漬けの、付け刃で、借り物の「政府紙幣発行論」を主張し始めた高橋氏は、榊原氏等とともに、このことを理解していない。