文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

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ドストエフスキー『罪と罰』を読み直す(1)……ラスコーリニコフは、何故、ラスコーリニコフになったのか?

……プリヘーリヤ・ラスコーリニコワの手紙について……

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「誤解されるよりも正解を恐れる」というニーチェの言葉があるが、ドストエフスキーの『罪と罰』はドストエフスキーの作品の中でももっとも有名な作品であるにもかかわらず、充分に正確に、且つ深く、詳細に、解読されているとは思われない。まさしく、それが古典たる所以であろうが、その『罪と罰』読解の作業においては、主人公のラスコーリニコフや娼婦ソーニャ、あるいは酔漢マルメラードフ、予審判事ポルフィーリー、あるいは金貸しの老婆アリョーナ、ラスコーリニコフの妹ドゥーニャに付きまとう悪漢スヴィドリガイロフ等……がしばしば過剰に注目され、かなり頻繁に論じられているのに、『罪と罰』の最重要人物の一人でありながら、あまり注目もされず、また論じられたこともないように見える人物がいることを、僕は、薄々感づいてはいたのだが、つい最近、ロシア旅行のついでに、『罪と罰』を精読する瞬間まで明晰に意識化することが出来なかった。よく知られているように、『罪と罰』は、ラスコーリニコフが貧しい下宿の戸棚のような貧相な屋根裏部屋から出て、ペテルブルグの街を、K橋の方へ向かって、夢遊病者のように歩行する場面から始まっている。ラスコーリニコフは、それから、『罪と罰』の最も重要な舞台である殺人現場となる金貸しの老婆宅を下見に訪問し、その帰りに居酒屋へ寄り、そこでマルメラードフの長たらしい「告白」を延々と聞かされるのだが、そこから帰宅したラスコーリニコフが、翌朝、女中のナスターシャから手紙を受け取り、それを読む場面がある。あらゆる人間関係を断ち切って、部屋に引き篭もり、「考える」という仕事に打ち込んでいるラスコーリニコフが、久しぶりに受け取った手紙の筆者こそ、実は、あまり注目もされず、また論じられたこともないように見える人物、つまりペテルブルグから遠く離れた故郷のR県に住むラスコーリニコフの母、プリヘーリヤ・ラスコーリニコワである。ドストエフスキーは、女中のナスターシャから、この「母の手紙」を手渡された瞬間のラスコーリニコフの様子を次のように書いている。
≪手紙はすぐにとどけられた。はたしてそれはRー県の、母から来たものであった。それを受け取ると、彼の顔色はさっと蒼ざめたほどであった。彼はもう久しく手紙というものを受け取ったことがなかった。だがいまはそれだけではなく、なにか別のものが不意に彼の心臓をぎゅっとしめつけたのであった。/「ナスターシャ、出ていっておくれ。お願いだから。ほらこれがお前の三カペイカだ。頼むから出て行っておくれ!」/手紙は彼の手の中でぶるぶると震えていた。彼は女中の前で封を切りたくはなかった。彼はその手紙と二人きりになりたかったのである。≫
ここには、「ラスコーリニコフ以前のラスコーリニコフ」が、つまり殺人哲学や超人哲学を体系化し、やがてそれを実践に移し、しかしその実際行動の重みに耐えかねて大地に接吻するに至るラスコーリニコフではなく、つまり、そういう悪魔的、革命的精神の虜になったペテルブルグの貧しい大学生ラスコーリニコフにではなく、まだ故郷の母や妹と暮らし、貧しいが希望に燃えていた少年だった頃のラスコーリニコフ、あるいは今はもう亡くなっているが、まだ父が元気だった頃の無邪気なラスコーリニコフ、あるいは期待に胸を膨らませて上京したばかりの才気煥発、眉目秀麗の大学生ラスコーリニコフの影が甦っている。つまりイデオロギー(殺人哲学)の人としてのラスコーリニコフにではなく、そういうラスコーリニコフを産み出すべき土台としての存在論的なラスコーリニコフである。言い換えれば、ここに、「ラスコーリニコフは、何故、ラスコーリニコフになったのか……」というもう一つのドラマが隠されている。以前、読んだ頃は、僕は、この小説の、この場面を、ドストエフスキーらしくもなく、ややメロドラマ仕立てで、かなり通俗的な「母と子」の物語で、お涙頂戴的な情景描写だと思いつつ、読み飛ばしたものであったが、今回、この場面に出くわした時、『罪と罰』というこの小説の主題の一つが、ここに隠されていることに気付かないわけにはいかなかった。というよりも、実は、『罪と罰』を読んで、それまでにない深い小説的な感動と衝撃を受けていたのは、実はこういう場面の描写によってであったということが、おぼろげながら、わかった。ここには、「通俗的な『母と子』の物語で、お涙頂戴的な場面……」とは違う、なにか、本質的な人間存在論の影がちらついている。小林秀雄は、そのドストエフスキー論の中で(『罪と罰』について)、この問題を指摘していた。こんな風に。
≪「あゝ、もし俺が一人ぼっちで、誰ひとり愛してくれるものもなく、俺も決して人を愛さなかつたとしたら、こんな事は一切起こらなかつたかも知れぬ。」と彼は考へるーーこれは深い洞察である。この時この主人公は、作者の思想の核心をチラリと見る。だが彼には、この考へを持ち堪へることが出来ぬ。ラスコオリニコフといふ陰惨な空には、実に沢山の星が明滅する。それは彼を一番愛していた作者が一番よく知つてゐるー≫
僕は、小林秀雄が、≪「あゝ、もし俺が一人ぼっちで、誰ひとり愛してくれるものもなく、俺も決して人を愛さなかつたとしたら、こんな事は一切起こらなかつたかも知れぬ。」と彼は考へるーーこれは深い洞察である。≫と書く時、そこに小林秀雄自身の疾風怒濤の青春時代の苦い体験が、つまりラスコーリニコフと同様に、若くして父親に死なれ、残された母と妹に過剰に愛され、一家の再興を激しく期待されていたが故に、それを裏切るかのように、敢えて自殺騒動や、家出に近い同棲生活や失踪事件を起した個人的な体験が、二重写しになっていることを知っている。が、そのことを論じるのは別の機会に譲るが、小林秀雄がここで言っていることは、人間存在の本質論として読むと謎めいていて難解だが、かなり重要である。
さて、プリへーリアの手紙だが、それは、400字詰め原稿用紙に換算して30枚を超える分量の長い手紙で、こんな文章から始まっている。
≪「愛しいわたしのロージャ(ロジオンの愛称)」と母は書いていた。「あなたと手紙でお話をしないままもうふた月あまりも経ち、それがつらくて、あれこれ考えながら幾夜かはまんじりとも眠らずに過ごしました。でもあなたはこの不本意なご無沙汰を許してくれるでしょうね。わたしがどんなにあなたを愛しているか、あなたはご存知のはず、あなたはわたしたちの、わたしとドゥーニャの、ひとりきりの身内です。わたしたちのすべてです、あらゆる希望、わが家の期待なのです。≫
この手紙は、息子の窮状を心配すると同時に、母と妹の苦しい経済状態を訴えるもので、多くはラスコーリニコフへの送金が滞ったことへの長々とした愚痴っぽい言い訳が中心んの内容なのだが、この手紙の冒頭の一文からもわかるように、プリヘーリヤは、今で言えば過剰なる教育ママで、あふれるほどの子供への愛情を持ち続けるとともに、密かに、この成績優秀な子供ラスコーリニコフに、将来の立身出世と一家の再興をも期待する母でもある。したがって、結論を先取りして言うとすれば、ラスコーリニコフの「老婆殺し」とは、別の意味では、愛情過多の、この母親との、余りにも強固な絆を断ち切ることであり、言い換えれば、ラスコーリニコフにとっての「老婆殺し」の象徴的な意味作用とは、「母殺し」の代償行為だったとも解釈できるだろうが、あまりにも、わかりやすい解釈や分析というものは、それ自体がより深い問題の隠蔽と抑圧をもたらすこともよくあることなので、ここでは、解釈や分析は後回しにして、ふたたび手紙に戻れば、手紙の終わりの方でも、プリヘーリヤはこう書いている。
≪そしてあなたは、ロージャ、あなたはわたしたちのすべてです、−−わたしたちのあらゆる希望、あらゆる期待なのです。あなたが仕合せであれば、わたしたちも仕合せでしょう。あなたは、ロージャ、昔のように神様にお祈りを捧げていますか。わたしたちの創造主であり救世主である神様のお恵みを信じていますか。わたしは心ひそかに、近ごろはやりの不心心があなたを見舞ってはいはしまいかと案じています。そうだったら、わたしはあなたのためにお祈りをあげましょう。思い出しておくれ、愛しいロージャ、あなたがまだ幼くてお父様が生きていらした時分、わたしの膝に抱かれて回らぬ舌でお祈りをあげたころのことを。そうしてあのころ、わたしたちみんながどんなに仕合せだったかを。さようなら、いいえ、再会のその日までと言った方がいい。堅く堅くあなたを抱き締めて、数限りなくキスします。生涯変わらぬあなたの母 プリヘーリヤ・ラスコーリニコワ≫
プリヘーリヤは、ラスコーリニコフがすっかり変わってしまったことを知っていると言っていいが、しかし、ラスコーリニコフがどのように変わったかはわかっていない。だから、ラスコーリニコフは、この母からの手紙に涙を流しながらも、何事かに対して敏感に反応し、「悪意の薄笑い」を浮かべながら、激しい怒りを爆発させる。おそらくそれは、ラスコーリニコフにもよくわからない怒りだろう。表層的には、ラスコーリニコフが怒りを顕にするのは、プリヘーリアの手紙の、次の部分だ。妹が、ルージンというかなり年上の男との、明らかに意に染まぬ結婚を、ラスコーリニコフの経済的困窮と学業の継続を助けるべく、決意する場面である。つまり、ラスコーリニコフにとって、この手紙の中でもっとも重要な意味を持つのは、つまりこの手紙の中でラスコーリニコフの過敏な神経を逆なでしたものとは、妹ドゥーニャが「兄ラスコーリニコフの犠牲」となって婚約・結婚を決意する場面らしいのだ。プリヘーリヤは、こう書いている。
≪決心をする前、ドゥーニャは夜じゅう眠らず、わたしが眠っていると思ってベッドから起き上がり、夜通し部屋を歩きまわっていました。そうしてとうとう聖像の前にひざまづいて長い熱心なお祈りをあげ、それからあくる日の朝、決心がついたとわたしに言いました。≫
おそらくラスコーリニコフにとっては、妹ドゥーニャが、兄の将来のために犠牲になろうとしていることことが、つまりその「兄思い」の自己犠牲的愛情の濃さとその功利主義的な打算が重荷なのだ。愛情と期待と打算……ラスコーリニコフは、それがすべてお見通しであるが故に、そのパラドックスが我慢できず、またそれ故に果てしない思考の迷路にはまり込み、そこからの抜け道が見出そうとするが見出せず、突然、爆発する。あまりにも大きな愛情という贈与の一撃に、押し潰されそうになっていると言っていい。子供への過剰なる贈与としての愛情は、しばしば子供の側からの反撃と復讐を惹起する。『罪と罰』の冒頭にラスコーリニコフが、「俺にアレが出来るだろうか」とつぶやく場面がある。「アレ」とは、何か。「アレ」とは母や妹との肉親の絆を断ち切ること……、つまり「母や妹との肉親の絆を断ち切ることが出来るだろうか……という意味にも読み取れる。ラスコーリニコフは、母を激しく愛するが故に、母を捨て去るべく、遠いところへ旅立たなければならないのだ。その意味で『罪と罰』の結末部分は暗示的だ。つまり、すべてが終わろうとしている時、ラスコーリニコフは母に別れを告げるが、そこを、ドストエフスキーは、こう書いている。
≪彼はとうとう振り切って外へ出た。/さわやかな、暖かい、澄み切った夕暮れだった。≫
そして、彼は、こう呟き続けながら、遠い所を目指して旅立つだろう、≪「あゝ、もし俺が一人ぼっちで、誰ひとり愛してくれるものもなく、俺も決して人を愛さなかつたとしたら、こんな事は一切起こらなかつたかも知れぬ。」≫



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ラスコーリニコフが彷徨ったサンクトペテルブルグの市街……。