文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

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靖国神社「出陣学徒慰霊祭」の日…

dokuhebiniki2006-10-03


10/1に、「日本保守主義研究会」主催の「出陣学徒慰霊祭」なるものに出席してきた。靖国神社は、桜の季節には花見によく出掛けるが、本殿の中まで入ったのは初めてだった。本殿で祝詞や奏上などを聞いているうちに自然に厳粛な気持ちになった。「海往かば」という歌を全員で合唱したのだが、歌っているうちに、「靖国神社で会おう」「後に続くを信ず…」と言って戦場に赴いていった戦時下の大学生たちの気持ちが、少しは理解できたように思う。


ところで、この慰霊祭を主催するのは現役の大学生たちだ。その中心にいて、この運動をリードしている早大大学院の岩田温君は、すでに論壇やジャーナリズム等でもよく知られている若き論客で、『日本人の歴史哲学』という著書もある。顔は童顔だが、理論もシャープ、行動力も抜群で、なかなかの豪腕(笑)である。


今、保守論壇を支配しているのは、八木ナニガシに象徴されるような、二流、三流の亜流思想家たちばかりで、本質的、原理的な思想家は皆無だ。若手と言われる世代も例外ではない。体制べったり、権力べったりで、政府や一部政治家たちのイヌになることが「保守」だと錯覚しているような連中ばかりである。


そもそも保守思想とは何であったのか。保守思想の元祖とも言うべき小林秀雄福田恒存三島由紀夫等が、体制べったり、権力べったりだったはずがない。彼等こそ反権力、反体制的な精神の所有者だったのだ。むろん、反権力的、反体制的な保守精神を保持しつづけるには、それ相応の文化的、芸術的感受性が必要だが…。というわけで、岩田君らの世代による保守論壇のブレークスルーを期待したいと思う今日、この頃である。
●「武士道の哀しみ」(日本保守主義研究会ブログ)…http://iwata910.seesaa.net/article/24826740.html
●「皇国史観研究会」…http://shikisima.exblog.jp/3475029


さて、「出陣学徒慰霊祭」と同時に、靖国会館で、井尻千男拓大教授の講演会「日米開戦やむなし…歴史の宿命について」があったが、なかなか力のこもった名講演だった。「ああすればよかった、こうすればよかった…」と後講釈と戦犯探しばかりに熱中する合理主義的、実証主義的歴史解釈を批判し、「戦争は宿命だった…」という観点からの一種の大東亜戦争肯定論で、「負けるとわかっていても戦わなければならないことがある。」「戦うべきときに命がけで戦った先輩たちを持つわれわれ日本人は幸福な民族だ。」「中韓の日本コンプレックスの原点は、戦うべきときに戦わず、戦いから逃げてしまった民族のコンプレックスだ。」というような言葉が印象に残った。僕もかねがねそう思っていたからだ。しかし、この論理を分りやすく説明することは容易な作業ではない。東京裁判史観やアジア解放史観に比べれば…。


井尻氏は、元日経記者で、早くから文化論や藝術論を土台にした言論で、保守論壇の論客、ジャーナリストとして活躍していたが、定年後は拓殖大学日本文化研究所所長に就任、そこを拠点に本格的な思想活動を展開している。「新日本学」という季刊雑誌の刊行や、拓大日本文化研究所主宰の「シンポジウム」や「社会人講座」等が中心だが、理論的にも思想的にも軽薄化と地盤沈下が激しい保守論壇の中で、その一連の試みは異彩を放っていると言っていい。


実は、僕も、「新日本学」の次号から、「葉隠と哲学」という論文を連載しようと思っている。「葉隠三島由紀夫ハイデッガー」を縦横に論じたものである。もっと具体的に、テーマは何かと聞かれれば、それは、「特攻隊の死とは何であったか…」という問いへの僕なりの応答であると言っておこう。ちゃんと書けるかどうかわからないが、自由に書いていいということなので、自分の心構えとしては、自分の代表作として歴史に残るようなものにしたいと思っている。



●(靖国神社HP…http://www.yasukuni.or.jp/)




●「出陣学徒慰霊祭」「講演会」の後の「直会」で…。井尻千男教授と…。


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