文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

角川春樹事務所の雑誌「月刊ランティエ」の取材。

昨夜は、角川春樹事務所が昨年創刊した中高年向け新雑誌「月刊ランティエ」の「同期会」コーナーの写真取材を受けるために、久しぶりに高田馬場の「一歩」へ。年末、岳真也さんから電話があり、雑誌の取材があるから、10日までには東京に戻って来てくれよ、と言われていた。なんのことかよくわからないままに承諾。というわけで、10日ぐらいまでは田舎(鹿児島県薩摩半島…)にいるつもりだったが、少し予定を早めて上京したというわけだ。雑誌取材とは、「えん」という同人雑誌の「同期会」という企画らしい。メンバーは作家で「えん」の主宰者だった岳真也、同じく作家の三田誠広、さらに旅行作家の下川裕治を加えて合計四人。岳真也三田誠広と会うのは珍しくないが、下川君と会うのは久しぶりだ。今や、海外貧乏旅行の「神様」的存在になっている下川君だが、当時はわれわれと一緒に同人雑誌に参加し、小説を書いていたのだ。岳真也が持ってきた創刊号を開いて見ると、下川君は「マイ・ペン・ライ」という小説を書いている。すでに当時から東南アジア旅行に熱中していたらしい。また2、3日したらタイへ出かけるらしい。一方、岳さんもシルクロードの取材から、三田さんはスペインの息子さんのところから、いずれも帰国したばかりらしい。僕が、最近、「旅行のようなもの」(笑)をするようになったのも、この人達の影響だが、実は僕は、それまではまったくの旅行嫌いであった。岳真也が、離婚騒動の後で一年間のインド放浪の旅に出掛けたときも、僕は「なんて馬鹿なことをするのだろう…」と思ったものだ。下川君は、その時、父親から預かった日本酒をインドで死にそうになっていた岳真也の元まで届けたらしい。すごい人達である。そういえば、岳真也のデビュー作は、小田実の『なんでも見てやろう』に触発された『ばっかやろう』という海外放浪記だった。実は、その頃の僕は、完全な書斎派で且つ観念派で、小田実も海外放浪趣味も大嫌いだったのだ。にもかかわらず、旅行嫌いで書斎派・観念派の僕がアウトドア派で海外放浪を繰り返す岳真也と今まで付き合ってきたのは不思議と言えば不思議なものだ。たぶん、自分にないもの、自分に欠けているものを求めていたのだろう。ちなみに三田誠広さんも、僕以上に書斎派で観念派だ。三田さんと岳さんの関係も不思議だ。どう見ても気があっているとは思えないからだ。しかし、最後まで付き合っていけるのは、生活スタイルも趣味も文学観もまったく違う、そういう関係の人かもしれない。忘れていたが、ここにもう一人加わる予定だったのが、これまたいつも海外を放浪している笹倉明だが、彼は今、所在不明(笑)らしく、連絡がつかなかったらしい。噂では、タイ永住を決意してタイに渡り、タイのどこかに住み着いたとか…。下川君が、また、探し出して、会って来るかもしれない。





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