文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

「三浦重周さんとお別れの会」



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(「三浦重周さんとお別れの会」に関して)

 (1)会場は市ヶ谷の「グランドヒル・ホテル市ヶ谷」 二階「白樺の間」です。会場へのアクセスはhttp://www.ghi.gr.jp/access/index.html
   電話(3268)―0111 (東京都新宿区市谷本村町4−1)

 (2)22日午後六時開場です。
白菊による献花。1830に開会。黙祷、国歌斉唱で始まります。経過報告(宮崎正弘)思想と人となり(後藤晋一)ゲストスピーチ(井尻千男献杯の音頭(村松英子)ほか。

 (3)服装は喪服の必要はありません。数珠は任意で。
  御供花の受付は一昨日で締め切りました。30本以上の生花が並びます。有り難う御座います。

 (4)参加者は名刺をご用意下さい。或いは「受付」で住所を正確にご記帳ください。後日の遺稿集郵送に必要ですので(サイトですでに申し込み済みの方は必要なし)。

◎詳しくは下記で
http://www.nippon-nn.net/mishima/index.html
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故三浦重周氏にかんする若干の資料
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三浦重周の辞世

「人として 大和に生まれ 男なら 究め尽さむ 皇国の道」

「赤々と 燃えに燃えにし 我が命 誠の道を 知るは神のみ 」

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三浦重周氏が起草した文章から
「白骨を秋霜に曝すを恐れず」の部分です。

「世界は一層混沌を深め、そして祖国はその疾風怒涛の渦中に未曾有の難局を現出するであろう。然し乍ら、世界の腐朽も、日本の混迷もともに我等の登場と上昇を俟って始まった因果を肝に銘じなければならない。
 ここにおいて我等は一身の非力をも顧みず、不退転の雄志を抱いて国家の干城、民族の保塁たらんと欲する。
 大時代の精神を克く自覚し、皇道を専心力行し、以て大危機に起ち挑む。固より一身一家の功名はこれを求めず、白骨を秋霜に曝すを恐れず」。
     (故人が代表だった政治思想団体「重遠社」の結成趣意書から)
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(宮崎正弘メルマガより転載)





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