文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

■通俗物語作家・佐野真一には、やはり政治が読めていなね。

久しぶりにテレビを見た。ルポライターとして、「東電OL殺人事件」などで名を売った佐野真一が、ダイエー、西武、ソニー等、最近のカリスマ経営者の総退陣について解説している。が、その中身はというと、この人の思考形態にふさわしい大衆的な通俗性を象徴するわかりやすい解説と分析を繰り返している。曰く、「彼等は時代の流れをを読み間違えた・・・・」と。これはカリスマたちの退陣を自明の事実的前提した分析だ。幼稚園児並のわかりやすい解説だ。逮捕や退陣という結果の原因や理由を、彼等自身の行動や思想に求めても無駄だ。なぜなら原因は結果にすぎないのだ。つまりカリスマたちの総退陣はきわめて政治的、政策的な問題の反映にほかならないからだ。カリスマたちの総退陣には「理由」も「原因」もない。彼等自身の行動に理由や原因を求める思考こそまさに、隠蔽された本当の物語から眼をそらそうとする大衆読み物作家特有の通俗的な思考形態の産物だ。ニーチェが、「原因(結果)を結果(原因)と錯覚・混同する思考」として批判したものだ。ダイエーの中内、西武の堤・・…の退陣や逮捕は、きわめて政治的、政策的なものだ。その政治的、政策的な背景のもとに登場してきているのがホリエモンに代表されるITバブル紳士たちだろう。むろん、これは小泉・竹中路線が失敗にもかかわらず執拗に繰り返す構造改革ゴッコと無縁ではない。小泉には理解不可能だろうが、ホリエモンが、いまだにのさぼっていられるのは、ITバブル経営者として、小泉、竹中、木村という現政権の改革路線やIT人脈にどこかでつながっているからだ。佐野は通俗読み物作家らしく、結果しか見ていない。結果には理由や原因があるはずだ……、その理由や原因は……という誰にも、わかりやすい凡庸な思考形態だ。事実がある。この事実には原因も理由もない。この現実を粘り強く分析し思考することは困難だ。われわれは、すぐ安易な、わかりやすい解説に飛びつく。そして安心する。