向井徹さんの『オフクロの小言が人生を教えてくれた』
■2004/06/17 (木) 向井徹さんの『オフクロの小言が人生を教えてくれた』
中央線大久保駅の近くにあるホテルで向井徹さんの新著『オフクロの小言が人生を教えてくれた』(PHP研究所・刊)の出版会があった。向井さんは、岳真也を通じて知りあった哲学者・対馬斉氏の旧制中学時代(満州の名門、○○一中)からの友人で、その関係からかなり頻繁に交遊させていただいた大先輩である。
僕が、「文学史を読みかえる」という勉強会で、「小林秀雄の満州体験」について発表した日も、満州育ちのお二人がわざわざお揃いで出席してくれた。そのためにいつもは地味な勉強会が、突然活気付いて、後で「山崎さんが動員をかけたのか……」と言われたほどだった。
対馬斉と向井徹は戦中派でしかも旧満州育ちである。満州の名門中学に進学して以来の友人らしい。大学は東北大学と一橋大学と異なっているが、対馬斉が「東大新聞」の「五月祭賞」で「マルクス論」でデビューしてからは、対馬斉の才能を誰よりも高く評価しつづけてきた。対馬斉の遺著『人間であることの宿命』(作品社)の刊行も、向井徹なくしては不可能であっただろう。対馬斉が数年前になく亡くなった時も、親身になって最後の最後まで世話したと聞いている。
向井さんは、対馬斉を持ち上げるばかりであまりご自分の人生や哲学や思想については語らない人であった。僕なども、ついつい対馬斉という偉大な大先輩に注目するあまり、その隣でいつも「うんうん」とうなづいている向井さんのことを忘れがちであった。
向井さんは、一橋大学経済学部を卒業後、経済界で活躍した人であるが、あまり自慢話をしてくれないので、その詳細はわからない。しかし、相当な人物であることは間違いない。
さてその向井先輩がとうとう本を出した、と言う。それが『オフクロの小言が人生を教えてくれた』である。向井さんの人格を象徴するように含蓄に富んだ深い本である。これは向井さんが自分の母親の「小言」を回想しつつ分析・批評したエッセイ集だが、「親の意見と冷酒は後から効いていくる」と冒頭の言葉が象徴するように、深く考えさせる本だ。平易で読みやすい本だが、その中身は決して浅くない。僕も、つい最近、母親をなくしたばかりなので自分の母親を思い出しながら読んだ。
戦中派という言葉も死語になりつつあるが、まさしく戦中派で満州育ちの向井さん。この日は、満州時代の同級生たちも多数出席していた。
いい出版会だった。