文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

孫崎享的な単純素朴な二項対立的な思考の図式主義が国を滅ぼす。

(この小論は近著保守論壇亡国論』に収録予定の論考の一部です。)
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孫崎享の『戦後史の正体』を読む
孫崎享は、民主党への政権交代後に、自民党を批判しつつ、民主党政権を擁護するという形で、ジャーナリズムに登場してきた外交評論家である。
著書に、『戦後史の正体』や『アメリカに潰された政治家たち』『日米同盟の正体』『日本の国境問題』などがあるが、特に『戦後史の正体』が、20万部だか30万部だかを越えるベストセラーになったとかで、いちやく注目されるようになった。
元外務省勤務で、国際情報局長や防衛大学校教授、ウズベキスタン大使、イラン大使などを勤めたという外交官だが、退職後、活発な言論活動を展開している。
さて、何故、ここで、民主 党時代の鳩山由起夫小沢一郎を擁護し、保守論壇とは縁遠い と思われる孫崎享を取り上げるのか。不思議に思う人もいるかもしれない。
実は、孫崎享の思考にも、「思考の単純化」「思考の二元論化」「思考の図式化」というような、最近の保守論壇特有の思考の病理現象がみられるからだ。つまり、孫崎享もまた保守論壇の思考の単純化を模倣・反復する形で、マスコミやジャーナリズムに登場してきた物書きだからだ。
言い換えると、私が主張する「保守論壇亡国論」現象は、保守論壇に限らず、反保守論壇、つまり左翼論壇にも共通する病理現象だということである。その典型として、あえて孫崎享という外交評論家の著書を例に取り上げたのである。
繰り返すが、孫崎享の思考もまた思考の通俗化、思考の単純化、思考の記号化・・・が著しい。これは、物事 を常に概念や記号でしか見ようとしないからである。しかし、その思考の単純化が、あまり深くものを考えようとしない人たちに受けるらしく、本はよく売れているらしい。
たとえば、『戦後史の正体』で、戦後の政治家たちは、「対米追随派」と「対米自立派」の二種類に分けられるという。その代表的政治家が「吉田茂」と「重光葵」だという。孫崎享は、吉田茂重光葵の二元論。「対米追随派」と「対米自立派」の二元論の論拠と起源について書いている。

《重光外相は、降伏文書に署名した九月二日のわず か一週間後、九月十七日に外務大臣を辞職させられています。「日本の国益を堂々と主張する」。米国にとってそういう外務大臣は不要だったのです。求められるのは「連合国最高司令官からの要求にすべてしたがう」外務大臣です。それが吉田茂でした。重光が辞任したあと、次の外務大臣吉田茂になります。戦後の日本外交の歴史において、「自主路線」が「対米追随路線」にとって代わられる最初の例です。》(『戦後史の正体』)

これが、孫崎享の『戦後史の正体』のすべてと言っていい。孫崎享は、これを論拠に、吉田茂重光葵の二元論、「対米追随派」と「対米自立派」の二元論という分かりやすい二項対立論的な図式的思考で、日本の戦後政治史を裁断していく。


吉田茂重光葵の 二元論。「対米追随派」と「対米自立派」の二元論。
 孫崎享は、異常な情熱で「吉田茂」を批判的に記述する一方で、「重光葵」という外交官・政治家を、対米自立派のスター政治家として過大に評価し、過剰に絶賛する。単純素朴な「二項対立的図式」であり、典型的な「善玉悪玉史観」である。
  重光葵とは「ミズリー号」上で、降伏文書に署名した、あの重光葵だ。その重光葵が、米国占領軍の日本の占 領政策について交渉する場面について、書いている。『続 重光葵手記』から、「折衝の もし成らざれば死するとも われ帰らじと誓いていでぬ」という短歌を引用した後で、孫崎享は、「重光葵」について、たとえば次のように書いている。

《このとき重光に「米国に追随すればよい」という気もちはまったくありません。自分が正しいと思うことだけを堂々と主張しています。「死んでも帰らない」という思いを抱いているのです。》(『戦後史の正体』)P
重光葵は「占領軍に対するこびへつらい」を激しく批判しました。》(『戦後史の正体』)P

ところが吉田茂のことになると、マッカーサーの情報参謀チャールズ・ウィロビーの『ウイロビー回顧録』の中から、犬丸徹三・帝国ホテル社長の 談話まで「孫引き」して、吉田茂批判・罵倒に使っている。つまり孫崎享という人物は、資料の使い方、資料の読み方、資料に対するテクスト・クリテイーク・・・が、根本的に間違っていると言わざるを得ない。たとえば孫崎が、重光葵の手記からの引用している文章・・・。

≪「最上級の幹部たちが、頻繁にマッカーサーのもとを訪れるようになり、みな自分の立場の安全をはかろうとしている」
「最近の朝日新聞をはじめとする各新聞のこびへつらいぶりは、本当に嘆かわしいことだ」
「結局、日本民族とは、自分の信念を持たず、強者に追随して自己保身をはかろうとする三等、四等民族に堕落してしまったのではないか≫(孫崎享『戦後史の正体』)

 これらの文章を読めば分かるように、 重光葵については、 批判的な記述は一つもない。やることなすことのすべてが「賞賛」「絶賛」「賛美」の対象になっている。しかもその主張の根拠になる出典は、重光葵自身が記述した回想録・自分史とも言うべき「重光葵手記」である。回想録・自分史とも言うべき「重光葵手記」を、「政治家・重光葵」評価の最重要な資料文献として、論証の根拠にしている。明らかにおかしい。そもそも回想録・自分史とも言うべき「重光葵手記」だけで、重光葵評価、重光葵論の論拠として、実証的検証に耐えられるのだろうか。外に文献や資料はないのか。むろん、ないはずはない。しかし、孫崎享は、他の資料や文献を提示しようとはしない。かたくなに、重光葵を「対米自立外交」を展開した「スター」として持ち上げるだけである。

《重光外相は、降伏文書に署名した九月二日のわずか二週間後、九月十七日に外務大臣を辞任させられています。「日本の国益を堂々と主張する」。米国にとってそういう外務大臣は不要だったのです。》(『戦後史の正体』)P44

 はたして重光葵という政治家、外交官は、そんなに称賛に値する自立的な政治家だったのか。孫崎は、重光葵を評価する参考資料として、ほぼ全面的に「重光葵自伝」とも言うべき『続重光葵手記』に依存し、それを無批判に使っている。孫崎には、政治家や経済人、軍人などの「自伝」や「手記」「自分史」・・・というものが、資料としてはあまり信用できないものだという初歩的認識もない。読者の方が、恥ずかしくなるぐらい、重光葵の告白を鵜呑みにしている。& amp; lt; br> たえば、有馬哲夫は、アメリカの国立公文書館にある「CIA文書」を資料に、実証的に分析した『CIAと戦後日本』という著書で、重光葵についてまったく反対の評価を下している。
  さて、『重光葵手』記の言葉はまことに立派だが、しかし、それでは、重光葵自身は、戦後、どういう行動をとったのだろうか。言葉通りに「立派な」行動をとったのだろうか。
有馬哲夫によると、重光葵の言葉が、口先だけの「タワゴト」だということが分かる。有馬哲夫は、米国公文書館に保存されている「CIA文書」にもとずいて、実証的に、重光葵もまた米軍関係者としきりに接触していることとを、明らかにしている。

≪ こういったジャパンロビーに対する背信行為のため、犬養は吉田と同様ドウーマンやキャッスルに愛想をつかされていた。そこで、浮上したのが、吉田と同じく外交畑において、キャッスルやグルーと付き合いが長い重光だった。とりわけキャッスルは、吉田と違って再軍備に熱心な重光を高く評価し、吉田の後釜にと望んでいた。≫(有馬哲夫『CIAと戦後日本』p52)

≪ 重光がアメリカの吉田に対する高姿勢を利用したように、アメリカもまた再軍備を声高に叫ぶ重光を利用していた。彼を支援すれば、政治情勢が流動的なだけに、再び重光総理大臣の芽がでてくるかもしれない。≫(『CIAと戦後日本』p45

 
 有馬哲夫が『CIAと戦後日本』で描き出す重光葵は、人間的にも政治的にも「無能な人」として描かれている。有馬哲夫は、『重光葵手記』の記述をまったく信用していない。一方、孫崎享が、重光葵の『続 重光葵手記』の自慢話(法螺話)を、盲目的に信用していることは明らかだ。しかし、言うまでもなく、有馬が論証しているように、CIAが様々な情報ルートを通じて得た「重光葵」イメージは、大きく異なっている。CIA情報を、CIAだからということで割引して考えたとしても、孫崎が描き出す「対米自主外交のヒーロー重光葵」のイメージには、無理がある。そもそも戦後史を、チャンバラ映画並みに、善玉の「対米自主派」と悪玉の「対米追随派」の二元論で考える思考法そのものが単純素朴すぎるのである。
孫崎享の『戦後史の正体』は、20万部か30万部か売れたということが自慢らしいが、そんなことは自慢にも何もなりはしない。本など買うだけで読みもしないような定年退職老人たちに受けているだけだろ う・・・。
要するに、日本の戦後史を、つまり日本の戦後の政治家たちを、「吉田茂重光葵の二元論」、あるいは「対米追随派」と「対米自立派」の二元論で、簡単に割り切るという思考法そのものに問題がある。たとえば、吉田茂という政治家を、「対米追随派」「対米従属派」と見做し、単純素朴に否定し、切って捨てるという思考法には、明らかに無理がある。(続く)


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