文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

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孫崎享の「中国論」の単純さ。ー米国属国論から中国属国論へー

(この小論は近著『保守論壇亡国論』に収録予定の論考の一部です。)

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孫崎享は、米国の衰退を予測すると同時に、中国の台頭、中国の超大国化という議論に熱心である。むろん、それはそれで、一つの見識であり、ことさら批判すべきこととは思わない。
米国が衰退し、やがて中国が米国と並んで超大国化していくだろうということは、誰でも予測できることだ。別に孫崎享だけが指摘していることではない。
しかし、「中国の超大国化」を前提に、日本の組むべき相手として、これからは米国ではなく、中国へと切り替えよ・・・というような議論へ持っていこうとするのを読むと、疑問を感じざるをえない。
例によって、あまりにも単純素朴な認識にすぎないからだ。


《東アジアで、いま、大変革が起こっている。それも日本に不利な大変革である。
後世、歴史家は二〇一一年を東アジアでの大転換の象徴的年と見なすだろう。(中略)
中国がGDPで日本を抜いたという現象は、「世界二位の経済大国」の座をめぐる戦いに終わらない。中国が米国を追い抜く序章でもある。》(『不愉快な現実』P3)


ここまでは、普通の話であり、別に注目に値しない凡庸な議論である。しかし、次の分析を読むと、ちょっと首を傾げたくなる。


《しかし、いま中国が台頭してきた。2010年に中国のGDPは日本を抜いた。当然、米国は東アジアで最も重視する国を日本から中国に移し変える。第二次世界大戦から今日まで続いた日本の環境は一変する。この状況の中で、日本はどう生きるべきか。
日本の環境が一変するのだから、当然、日本国内では、この歴史的大転換を前に、新たな戦略のあり方が真剣に議論されるべきである。
ところがいま、その議論はほとんどない。なぜなのだろう。》(P4)


この文章のどこがおかしいか。孫崎享は、自分の議論を、日本のマスコミの中で引き立てるために、日本のマスコミの言論状況を、あまりにも甘く見ているようだ。日本のマスメディアは、「中国問題」を無視、黙殺しているだろうか。
たとえば、「ところがいま、その議論はほとんどない。」という。本当だろうか。「中国の台頭」「中国の超大国化」に、日本はどう対応すべきか、という議論は皆無だろうか。
日本の書店に行くと、いわゆる「中国本」が「所狭し」と並んでいる。日本の言論が、「中国問題」を無視・黙殺しているということはない。むしろ、日本の言論状況は、その内容はどうであれ、過剰に中国を意識している。
ところが、孫崎享は、さらに、こんなことも言っている。

≪≫

≪日本国内の中国論を見ると、非常に偏向している。
いまの日本の中国観はどうなっているか。書店ではほとんどが、「嫌中国」の本で占められている。『絶望の大国、中国の真実』(宮崎正弘、石平)、『日本支配を狙って自滅する中国』(黄文雄)、『断末魔の中国ー粉飾決算国家の終末』(柘植久慶)、(中略)『日本は中国の属国になる』(平松茂雄)、『異形の大国 中国ーー彼らに心を許してはならない』(櫻井よしこ)・・・・・・。(中略)
残念ながら「中国は超大国として米国を抜くか」の課題に、データを示し、冷静に論ずる本にほとんどお目にかかれない。≫(p24、
25)

 孫崎享が、「中国本」として取り上げるのは、いわゆる「保守論壇」に棲息する保守思想家たちの本がほとんどである。むろん、これらが「中国本」のすべてではないことは言うまでもない。しかし、孫崎享は、そんな本には見向きもしない。そして、自信満々に言う。「日本国内の中国論を見ると、非常に偏向している。いまの日本の中国観はどうなっているか。書店ではほとんどが、「嫌中国」の本で占められている。」と。
日本では、少なくとも明治維新以前は、遣隋使、遣唐使の古代より、「中国文明崇拝」熱が主流であった。江戸時代の文学者、本居宣長が、「大和心」を強調したのは、あまりにも多くの日本人が「漢心(中国熱)」にとらわれていたからである。中国こそ世界の中心であり、先進国であり、大国であった。明治維新以後、その地位が「欧米」に取って代わったとはいえ、われわれ日本人の集合的無意識に、いまだに「中国文明崇拝感情」が残っていることを否定する人は少ないはずだ。
 むしろ、孫崎享の「中国本」認識が偏向していると言わなければならない。
 

■中国は超大国化するか。
 そもそも、超大国が変わるたびに、相手国を組み替えるという発想がおかしい。
 たとえば、米国が超大国の時代には米国依存で行き、中国が米国に取って代わって超大国化すれば、今度は中国に擦り寄る。もし、そういうことなら、そこには自主独立路線はない。いずれにしろ日本の独立などない。米国属国論から中国属国論へ・・・である。孫崎享の中国論を見ていくと、「中国属国論」の気配が濃厚である。
 中国が超大国化するだろうという議論も、予測の段階では問題ないが、それが確定的であり、それを前提に議論していかなければならないというのには疑問が残る。さらに、それにあわせて日本の外交政策も換えよ、ということになるとかなり問題がある。
 中国は超大国化するかもしれない。しかし、それは決して自明ではなく、国際関係論的に見ても容易ではないだろう。むしろ、中国がこのまま経済成長し、経済的にも軍事的にも超大国化するということは、不可能かもしれない。少なくともその可能性がゼロとは言えない。
 孫崎享は、こんなことも書いている。



≪筆者が1980年代にハーバード大学で研究員をしていた時、ナイ教授の授業に出た。ナイ教授は「戦争はいかなる時に起るか。超大国ナンバーワンが別の超大国ナンバーツーに追いつかれると思った時だ」と述べたことがある。そして、この時、日米間で貿易摩擦が拡大し、米国は日本に次々と改善策を要求した。この雰囲気はいま、米中間にある。様々な争点が問題になる。為替、貿易、人権問題、台湾問題など米中間で対立を招く問題は尽きない。≫(81)



こんなことは、わさわざ、ハーバード大学のナイ教授に教わらなくても、世界の戦争の歴史を見れば、誰でも容易に理解できることである。孫崎享の議論には、しばしば、世界の、とくにアメリカの「名門大学」や「有名教授」が登場する。「名門大学」や「有名教授」に縁のない、日本の一般読者に対して、説得力を持たせようとしているのだろう。
 ハーバード大学のナイ教授に言われるまもなく、中国が米国を追い抜いて、世界の超大国になるためには、米国との対決=戦争が不可避だろう。中国は、米国との対決=戦争に勝ち抜くことが出来るだろうか。
 要するに、孫崎享の「中国論」は、中国は経済的に超大国化するだけではなく、軍事的にも超大国化するということを自明の前提にしている。中国は超大国化するのだから、日本は、中国の属国になれ、ということのようだ。孫崎享の中国論の本質は、「反米親中」主義であり、「米国属国」論から「中国属国」論へ、である。


《第三に、二〇二〇年頃、中国は米国に経済的に追いつくことが予想される。その時、日本対中国の経済規模は一対三くらいになる。(現在日米の経済規模は一対三)。米国はGDPの四%を国防費に使用としている。中国は国防支出を米国並にすることを目指す。したがってGDPの四%くらいは支出する。その時の中国の国防費支出と日本の国防費支出は一二対一となる(日本の防衛予算はGDP比一%とする)。
この状況下、日本が軍事的に中国に対抗することはあり得ない。
第四に、軍事力で米中が接近する状況で、米国が日本を守るために中国と軍事的に対決することはない。
(中略)
日本周辺での米中間の通常兵器の軍事バランスは中国優位になる。・・・》(『不愉快な現実』P218)


つまり、中国は軍事的に超大国化する。日本は軍事的に中国に負ける。しかも米国は中国と軍事的に対立しない。だから、中国を敵視する政策は間違っている。今こそ、「米国属国」論から「中国属国」論へ政策転換せよ、というわけだ。そして、こういう。


《この新しい動きは、日本人にとり、心地よいものではない。できれば見ずにすませたい。中国の軍事大国化が進む中、「日本が軍事的に中国に対抗することはあり得ない」という状況も、多くの日本人にとって、受け入れ難い。(中略)しかし、「中国のGDPが日本の三倍になる、中国がGDPの四%程度の国防費に使う」ことを前提として考慮すれば、日本が太刀打ちできる軍事力を持つのはあり得ない。それをしようとすれば、日本はGDPの12%を国防費に費やさなければならない。それは実現できない。
(中略)
望ましい戦略は、相手と我の力関係を冷静に判断し、最も適切な戦略を選択することである。「こうしたい」では望ましい戦略が出ない。相手と関係なく「戦う」という選択をすれば、敗れ、滅びる運命が待っている。》(P221)


孫崎享が何が言いたいかは、これで分かるだろう。駐ごとは戦うな。戦えば負ける。要するに、中国の経済的、軍事的大国化を目前にして、日本は中国に逆らうことはできないのだから、中国の属国になるしかない、というわけだ。
むろん、孫崎享が、そういう「考え」を持つことはかまわない。しかし、それが、唯一の真実だというのは間違っているし、日本政府も日本国民もそう考えるべきだし、そういう政策を取るべきだというのも、ずいぶん、おかしな論理である。
中国の台頭、中国の超大国化、中国の軍事的大国化・・・が、そのまま日本の「中国属国論」へ飛躍するあたりが、いかにも孫崎享らしい「思考の単純素朴さ」というわけである。





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