文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

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柄谷行人論序説(12)

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■「見えない何ものか」に畏怖する人間。
柄谷行人は、処女作とも言うべき漱石論「意識と自然-漱石試論」で、こう言っている。


≪『こころ』は人間の「心」を描いたが、心理小説ではない。それは、ドストエフスキーの小説が無限に人間の心理を剔抉しながら心理小説ではないのと同じである。人間の心理、自意識の奇怪な動きは、深層心理学その他によっていまやわれわれには見えすいたものとなっている。だが、『こころ』の先生の「心」に見えすいたものであろうか。見えすいたものが今日のわれわれを引きつけるはずがないのだ。おそらく、漱石は人間の心理が見えすぎて困る自意識の持ち主だったが、それゆえに見えない何ものかに畏怖する人間だったのである。≫(「意識と自然-漱石試論」(『畏怖する人間』所収))



ここに柄谷行人の思考の特質と本質が良く現れている。柄谷行人もまた、漱石と同様に、「見えない何ものか」に、畏怖する人間である。つまり、今や、様々な学問や思想の普及によって、誰でも、人間の心理や深層心理なるものを容易に知ることができるようになっている。自分は、「人間の心理が見えすぎて困る自意識の持ち主」だと錯覚している人間も少なくない。しかし、ここに、柄谷行人の思考と批評の急所がある。それは、柄谷行人が、「漱石は人間の心理が見えすぎて困る自意識の持ち主だったが、それゆえに見えない何ものかに畏怖する人間だったのである。」という言い方に、よくあらわれている。柄谷行人は、「それゆえに見えない何ものかに畏怖する人間」に注目するというわけだ 。換言すれば、「人間の心理が見えすぎて困る自意識の持ち主」だと錯覚している人間に、「人間の心理」が見えているわけではない。学問や思想で得られた知識や雑学によって「見えている」と錯覚しているだけだ。つまり「見えるもの」ではなく、「見えない何ものか」に無関心である。そういう物知りは、漱石と決定的に異なると柄谷行人は言っているわけだ。実は、漱石は、「それゆえに見えない何ものかに畏怖する人間だったのである。」―。
 柄谷行人は、続けて、書いている。


≪何が起こるかわからぬ、漱石はしばしばそう書いている。漱石が見ているのは、心理や意識をこえた現実である。科学的に対象化しうる「現実」ではない。対象として知りうる人間の「心理」ではなく、人間が関係づけられ相互性として存在するとき見出す「心理をこえたもの」を彼は見ているのだ。≫



むろん、漱石は、最初から「見えない何ものか」を畏怖していたのではない。「見えない何ものか」に直面するためには、「見えるもの」と「見えない何ものか」を明確に区別する必要がある。言い換えれば、漱石は、「見えるもの」ならば、容易に「見えすぎて困る」ぐらいに、鋭敏な眼力の持ち主だった。だからこそ、「見えすぎて困る」と言いながら、それに満足していられるような「物知り」ではなかった。「物知り」は、「見えすぎて困る」の段階で満足している人間である。つまり「見えすぎて困る」段階の、その先に「見えない何ものか」が存在することが分からない人間である。
マルクス その可能性の中心』では、マルクスもまた、「見えない何ものか」に畏怖し、「見えない何ものか」を思考する人間(思想家)だったと言っている。たとえば、柄谷行人は、ハイデッガーを引用している。



≪思惟することが問題である場合には、なされた仕事が偉大であるあればあるほど、この仕事のなかで「思惟されていないもの」、つまりこの仕事を通じ、またこの仕事だけを介して「まだ思惟されていないもの」としてわれわれのもとに到来するものは豊かである。(der satz vom grund)≫



ハイデッガーが言っていることも、同じである。つまり、いまだに、「思惟されていないもの」を思惟するところにこそ、思想家の偉大さの秘密がある。言い換えれば、まだ「思惟されていないもの」、つまり「見えない何ものか」を見ようとする人間こそ、深い思索を展開する人間である。そして柄谷行人は、こう書き加えている。


≪「価値形態論」の豊かさは、そこにおいて「まだ思惟されていないもの」を到来させるところにある。(中略)私にとって、マルクスを「読む」ことは、価値形態論において「まだ思惟されていないもの」を読むことなのだ。≫


 私が、柄谷行人を読むのも、柄谷行人マルクスを読むのと変わらない。私にとって、柄谷行人もまた、「まだ思惟されていないもの」を思考し、「まだ思惟されていないもの」を畏怖する思想家・批評家である。


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