文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

森ゆうこ議員の国会質問を恐れ、回避しようと画策する政府と検察、最高裁・・・。

7月10日の質問に続いて、予定されていた森ゆうこ議員の質問が中止されたようだが、何故、中止になったのだろうか。理由は何であれ、何か、不自然なものを感じるのは、私だけではあるまい。森議員の質問で、攻撃にさらされた野田民主党執行部、検察、法務省・・・等が、何か画策しているのだろうか。森議員の周辺には、法務省、検察、最高裁関係者やその周辺の人間たちからの「反撃」「復讐」・・・が伝えられているようだが、はたして、どういうものだろうか。官僚階級による小沢一郎をターゲットにした「人間破壊工作」が、今度は「森ゆうこ議員」をターゲットにしようというのだろうか。そうなれば、喜劇というしかないが、それよりも、そうなれば、「官僚階級」と言う国家権力の不可視の構造と存在の反動性と暴力性が、ますます暴露され、その本質が露呈していくことになるわけで、国民の側からすれば、面白いと言わなければならない。ところで、森議員は、小沢一郎について、自らの立場と見解を明確に語っている。まさしくその小沢一郎論の中に、森議員の政治哲学は語られていると言っていい。特に、「小沢一郎夫人の離縁状」問題については、夫人と同性の女性の立場から論評しているので興味深い。来栖侑子氏のブログ「午後のアダージョ」で、次のように語っている。


■来栖侑子ブログ「午後のアダージョ」より。

小沢一郎は、政治家たちの嫉妬の対象
――一方、小沢氏は一審無罪。ただ、小沢一郎という政治家には悪役としてのイメージが常につきまとい、逆風が吹いている感じがします。身近で見てきて、その要因はなんだと思いますか?
森 新聞やテレビ局といった大手マスメディアも既得権、抵抗勢力の代表です。だから、改革を実行しようとする小沢先生が叩かれるのではないでしょうか。また、小沢先生の存在感が大きいゆえに、叩けば視聴率は上がるし、雑誌も売れるのでしょうね。実際に小沢先生に会えば、とてもチャーミングな政治家ですよ。だからこそ、さまざまなバッシングがあっても付いてくる人が後を絶たないし、一方でそれを気にくわないという人も出てくる。最近は、とうとう「政治とカネ」の問題ではダメだと思ったのか、小沢先生の奥さんの手紙というものまで週刊誌に載りました【編註:「週刊文春」(6月21日号/文藝春秋)が「小沢一郎 妻からの『離縁状』」という見出しで、小沢夫人によるという小沢氏批判の手紙を掲載】。
――有権者から、その記事の件で問い合わせはありましたか?
森 私のところには「あんなデタラメを使ってまで、"小沢降ろし"をするのか」という怒りの声しか来ていません。週刊誌を読んでみましたが、本当に奥さんが書いた手紙かどうか疑ってしまいます。一部、改ざんされているという話も聞きますし、筆跡が違うという話も聞きます。我々が知っている範囲でも、事実関係が全く違います。そもそも、夫婦のことは、どちらか一方が全部悪いということはありません。この問題で小沢先生が何か発言するようなことは、今後もないのではないでしょうか。もともと小沢先生は、誰に何を言われようが、そのことで相手を批判するようなことはしません。よく、小沢先生の元を離れて、自分を正当化するために小沢先生に対して批判的なことを言う人がいますが、小沢先生はそれに反論することはない。永田町の政治家は嫉妬心が強い気がします。これだけ攻撃され、これだけ叩かれているにもかかわらず、小沢先生のもとに人が集まることに対し、妬み、嫉みがあるのではないでしょうか。
――嫉妬の対象になるほどの、小沢一郎の魅力とは何でしょうか?
森 大局観というか、先見性があるところが魅力じゃないですか。

森ゆうこ議員の「小沢夫人離縁状」に対する解釈に、私も同意する。しかし、森議員の解釈は、女性の「まなざし」を介したものだということを忘れてはならない。「そもそも、夫婦のことは、どちらか一方が全部悪いということはありません。」という森議員の解釈はきわめて自然なものだろう。さらに、「よく、小沢先生の元を離れて、自分を正当化するために小沢先生に対して批判的なことを言う人がいますが、小沢先生はそれに反論することはない。」という小沢一郎論も、至極、もっともなものである。今、テレビや週刊誌などで、訳知り顔に、「小沢一郎には人徳がない。だから小沢一郎から人は離れる。」と繰り返している元政治家や、元政治記者たちの小沢一郎観こそ、根本的に間違っている。まさしく、彼等こそ、森議員の言うように「小沢先生の元を離れて、自分を正当化するために小沢先生に対して批判的なことを言う」人たちだと言っていい。「人徳も人望もないのは、彼等だ・・・」と言っていい。
 次に、「週刊ポスト」の記事を引用したうえで、栗栖侑子氏が語る「小沢夫人の離縁状」問題についての、女性の視点からの解釈と見解を見てみよう。

小沢一郎氏と和子夫人の真実/今あらためて『週刊ポスト』誌編集子に敬意と謝意を表したい
2012-06-25 | 政治/検察/裁判/小沢一郎/メディア小沢一郎元代表と和子夫人 「離婚報道」に至るまでの経緯
NEWSポストセブン 2012.06.25 07:00



 民主党小沢一郎元代表と和子夫人の離婚騒動がメディアを賑わせている。週刊文春は6月21日号で「小沢一郎 妻からの『離縁状』」というタイトルで和子夫人が後援会関係者に書いたとされる手紙を掲載した。一体、小沢に何が起きているのか、本誌がレポートする。(文中敬称略)
 和子の変調は小沢の地元や支持者の間では早くから知られていた。
 それまでの和子は、永田町での活動に集中する小沢の代わりに、文字通り「金帰火来(きんきからい)」で毎週のように選挙区に帰って、いわゆる「票田の草刈り」に没頭した。後援会を切り盛りし、有権者の声を聴き、それを小沢に伝えた。小沢も和子を政治的にもかけがえのないパートナーと頼り、和子が岩手から戻ってくる日には、いつも利用していた夜10時着の新幹線を東京駅で迎えることが習いとなった。
 一方で、これも多くの家族が抱える問題として、小沢の母・みちと和子の微妙な関係も存在した。みちは夫・佐重喜、そして息子・一郎を支えた鉄壁の後援会を築き上げた原動力だった。その自負と小沢への愛が、あるいは和子を嫁として迎える心のハードルになっていたのかもしれない。
 やがて、みちが病に倒れてからは、後援会を支える重責は和子の双肩にかかり、和子はその役目を見事に果たしたが、病床のみちは和子を完全に受け入れはしなかった。その献身的な看護を拒否することもあったという。時には医療スタッフの世話さえ善しとしない頑迷さを見せたとされる。
 当時、若き自民党幹事長として飛ぶ鳥落とす勢いだった小沢は、妻と母の確執の間で、母の介護という難題も抱えることになった。時には、小沢自ら母の口に食事を運ぶこともあった。
 みちは1995年に他界した。
 それからの和子は、小沢王国の大黒柱として駆け回ったが、その頃から政界、マスコミ界の絨毯爆撃のような小沢への人物破壊が激しさを増し、和子の使命感や誇りにも影響を与え、心身の屈折を生じさせたようだ。
 和子の言動に変化が生じてきたことは、家族だけでなく、後援会でも心配の種になった。日に日に変わっていく姿に周囲の心痛は大きかったに違いない。小沢にも悔恨が沈殿していった。時にはありもしないことを口走り、根も葉もない中傷と知る噂で小沢を激しくなじることもあったという。
 自分の内面、ましてや家庭の“阿鼻叫喚(あびきょうかん)”の様を語ることなどありえない。内なる葛藤を抱えながら小沢は政権奪取にひた走った。それを止めることは誰にもできない。それこそ小沢における政治家の摂理なのだ。夫婦の関係は難しくなるばかりだった。
 やがて和子は世田谷区にある小沢邸の敷地内に別棟を建て、そこで生活するようになった。それが「別居」と報じられたこともある。
 和子は、あんなに心血を注いできた後援会活動にも、実弟が亡くなった10年ほど前から、ぷっつりと姿を見せなくなって家に閉じこもるようになった。これは後援会関係者なら誰もが知る事実だ。「小沢家の問題」を取材するマスコミも、きちんと地元に行けば簡単に確認できるはずである。
 その頃でも小沢は、毎夜9時過ぎには自宅に帰ることを決め事にしていた。和子との会話はほとんどできなくなっていたが、それでも、指呼の間(しこのかん)にいる和子が昔日のように「パパ!」と声を掛けてくるかもしれない。そんな期待も秘めていたのだろう。
 しかし現実の和子は、ますます猜疑心や妄想にとらわれるようになり、最も信頼している次男以外の言葉は受け入れないほどに憔悴を見せるようになった。いきなり秘書に小沢のスケジュールを詳細に報告させ、その立ち寄り先に片端から連絡して、「小沢は本当にそこに行ったのか」と詰め寄る異常な行動が周囲を驚かせる“事件”も起きた。
 次男と小沢の関係にも暗雲が立ち込めた。和子の心を救いたいと、実家である福田家の関係者が話し相手になって支えた時期もあったが、そうした努力は誰の目にも不毛で、和子を訪れる人は少なくなっていった。
 父と母、父と弟の間に立って辛苦を引き受けてきた長男も、ついに家を出る決心をした。
 そして小沢は、求められるまま和子に離婚のフリーハンドを与えた。家族の絆を取り戻すことはますます難しくなった。
週刊ポスト2012年7月6日号


この「週刊ポスト」の記事を読んだうえで、栗栖氏は、独自の解釈を展開している。
■栗栖氏の見解。

<来栖の独白2012/6/25 Mon.>
 一読し、理解できた。強烈な小沢支持者たちは文春の記事を捏造あるいは直筆ではないと否定し、方や文春側は記事内容を真実であると主張してきたが、私にはいずれの言い分も釈然としなかった。手(筆跡)は夫人によるものであろうと感じられる反面、小沢氏ほどの人物の夫人が、あのような痴話喧嘩の類のことを選挙区支援者とはいえ他人にあからさまにするだろうかと実に不可解であった。
 和子夫人は病んでいたのだ。ひたすら家族のために生きてきた真面目一途な女性が、力尽きた。破綻した。精神を病んだ。そうしてあのような手紙を書いた。そういう処だろう。ならば、私には理解できる。
 それにしても小沢一郎という政治家。なんという温かな高潔な人格であることだろう。小沢氏の父親佐重喜氏は一郎氏に「人の悪口は言うな」と養育した、と何かの文脈で読んだ記憶がある。その躾けよろしく、辛くとも、じっと自分の裡に留めて人を誹謗しない、それが小沢氏の生き方だった。ここ(離婚騒ぎ)でも、小沢氏はそのようにした。夫人への感謝と労り、詫び(母の面倒を看させたという)といった、人間らしい温かな思いが小沢氏に刻印されてあるのだろうか。憐れでならない。
 松田という似非ジャーナリスト、どこまでも卑しいごろつきである。人の涙の意味がわかっていない。
 いまあらためて「週刊ポスト」誌に敬意と謝意を表したい。


「小沢夫人の離縁状」なるものは、ホンモノであろうとニセモノであろうと、やはり何か、男臭いものを感じる。栗栖氏の解釈は間違いないと思われる。

◆ 小沢氏の地元・奥州で30年間選挙支援 「水和会」解散へ
 河北新報ニュース2012年04月17日火曜日


 民主党小沢一郎元代表の地元・奥州市で、小沢氏の選挙を長年支援してきた女性組織「水和会」が、活動目的が薄れてきたとして、解散する方針を決めたことが16日、分かった。
 水和会によると、会は小沢氏の妻和子さん(67)を支えようと、約30年前に結成した。市町村合併前の旧水沢市の「水」と和子夫人の「和」にちなんで名付けた。
 会員は、小沢氏が立候補する衆院選のほか、各種選挙に備えて活動を展開。和子さんとともに地元を精力的に回り、女性を中心に支持者を拡大し、強力な地盤をつくり上げた。
 この十数年は、和子さんが地元に入ることがなくなったという。水和会幹部は和子さんが地元に来なければ、活動を続けられないと判断。及川幸子会長(岩手県議)によると、和子さんに電話で確認したところ「もう地元に行くことはないです」との返事があり、解散の了承が得られたという。
 メンバーは解散しても、小沢氏を後援会内で支える方針。及川会長は「メンバーも高齢化が進み、当時の勢いはなくなっていた。(選挙全体の)態勢には全く影響はない」と強調している。


(続きは、『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!有料メールマガジン『週刊・山崎行太郎』(月500円)でお読みください。登録はコチラから、http://www.mag2.com/m/0001151310.html 

 人気ブログランキングへにほんブログ村 政治ブロへ
↑↑↑
人気ブログ・ランキング(政治)に参加しています。クリック、お願いします!!!







■「毎日新聞」(7月6日)朝刊、一面に掲載された広告。「たちまち増刷」「地元岩手で反響続出」「小沢が解らなければ政治は判らない」・・・。


↓↓↓

■■■■■■
アマゾン
■■■■■■

アマゾンなどで「在庫不足」状態が発生してます。「ぶちこれアマゾン店」(定価、新品、即日配送)か、お近くの大型書店でお求めください。



■新著『それでも私は小沢一郎を断固支持する』(総和社)のお知らせ。■



=========================
「小沢新党」を断固支持します。
=========================


小沢一郎は、何故、権力闘争に強いのか?
哲学や文学を総動員して、
小沢一郎の「政治哲学」を読み解く・・・。
小沢一郎を知らずして日本の政治を語るなかれ!!!
↓↓↓↓↓
■池袋ジュンク堂5F「政治評論」コーナーで・・・。


=================================
『それでも私は小沢一郎を断固支持する』
総和社・刊
東京都新宿区東榎町4番地コトブキビル
電話03-3235-9381


6月23日、発売開始!!!
7月3日、増刷!!!
=================================


本書には「付録・特別対談」として「平野貞夫/山崎行太郎対談(小沢裁判は政治謀略だ!)」と「佐藤優/山崎行太郎対談(国家の主人は誰か?)」も、巻末に収録しています。


新聞、テレビ、週刊誌ら、巨大マスコミを総動員した「小沢バッシング報道」が激化しつつありますが、文藝評論家・江藤淳等の「小沢一郎擁護論」をテキストに、「小沢バッシング報道」の背景と深い闇を告発・暴露した拙著『それでも私は、小沢一郎を、断固支持する!!!』が、「Amazon」「楽天」等でもネット注文出来るようになりました。以下のアドレスから、注文申込みページを開き、お買い求めください。「それでも私はーーー-」で理論武装し、国民運動として、ポスト植民地主義的な帝国主義的支配の手先となっている検察官僚、最高裁、巨大マスコミ、そして犯罪陰謀集団に成り下がった仙谷由人野中広務松田賢弥高橋嘉信…等の犯罪性と売国性を暴露・告発していこう。


「アマゾン」でのネット注文はコチラをクリックしてください。
↓↓↓
■アマゾン■



人気ブログランキングへにほんブログ村 政治ブロへ



■拙著『それでも私は小沢一郎を断固支持する』への「アマゾン」のブックレビューがありました。参考までにここに掲載します。

政治とは何かについての根源的考察 2012/7/14
By フューラー VINE™ 


ネットを中心に言論活動を続ける山崎行太郎氏が満を持して放つ小沢一郎論である。
内容はほとんどが書き下ろしとなっており、末尾に「月刊日本」で行われた平野貞夫佐藤優、両氏との対談がある。
そこで展開されているのは豊富な文学論や存在論に対する山崎氏の執着から生まれた「根源的思考」である。
かつて、小沢一郎をここまで突き詰めて論じた本があっただろうか。
そして、この本は「政治とは」という問いについても答えを出しているように思われる。
小沢一郎は「政治とは生活である」と言った。山崎氏は「小沢が分からなければ政治はわからない」と言った。
「政治とは生活」だと言う小沢、「政治とは小沢である」という山崎。小沢を考えることは、政治を、生活を考えることだ。
よって、この一冊は「政治」についての考察であり、「生活」についての考察であると言える。
今、我々が求めるべき「政治」とは、「小沢一郎」とは何者か、いくつもの問いに意欲的に答えた怪物的な一冊である。


「アマゾン」でのネット注文はコチラをクリックしてください。
↓↓↓
■アマゾン■



(続きは、『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!有料メールマガジン『週刊・山崎行太郎』(月500円)でお読みください。登録はコチラから、http://www.mag2.com/m/0001151310.html 

 人気ブログランキングへにほんブログ村 政治ブロへ
↑↑↑
人気ブログ・ランキング(政治)に参加しています。クリック、お願いします!!!