文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

「佐藤優−山崎行太郎対談」 (「月刊日本」三月号)『憂うべき保守思想の劣化』」です・・・。

月刊日本」は、池袋のジュンク堂あたりでは、雑誌コーナーに置いてありました。おそらく大きな書店には揃っているのではないでしょうか。手に入れにくい方は、定期購読をお申し込みいただければ……と思います。



にほんブログ村 政治ブログへ←この記事にピーンときたら、ワン・クリック、お願いします!







■「月刊日本http://www.gekkan-nippon.com/

●以下は、「佐藤・山崎対談」原稿の一部です。雑誌掲載原稿とは、必ずしも一致しませんが、ほぼ同じ内容です。

『憂うべき保守思想の劣化』ーー沖縄問題の思想的本質は何か。

佐藤優vs山崎行太郎


――月刊日本二月号に掲載された山崎行太郎氏の論文「
保守論壇の「沖縄集団自決裁判」騒動に異議あり!!!」は
各方面に大反響を呼びました。佐藤優氏は「沖縄問題は
日本の右派が国家の統一ということを第一に考えること
ができるかどうかの試金石だ」と指摘していらっしゃい
ますが、今日はお二人に大江裁判、沖縄問題、そして日
本の右派のあり方について語っていただきたいと思いま
す。



佐藤 まず、月刊日本という、率直に言って、世間では
相当コワモテと思われている右翼の理論誌に大江健三郎
擁護の論文が掲載されるということ、これが大事なこと
なのです。日本国家を愛する右翼としての立ち位置から
重要と思う原稿は、多少、誤解される危険性があっても
載せる。原典にあたって綿密なテキストクリティークを
行った山崎さんの分析を読者に伝える必要があると判断
した本誌の勇気と洞察力に敬意を表します。




山崎 まったく同感です。最近、硬直し劣化している保
守論壇に颯爽とデビューして大きな風穴を開け、論壇の
台風の目になっているのが佐藤優さんなわけですが、私
の論も、ささやかながら、そういう保守論壇に風穴を開
けるような視点から読まれるとありがたいです。ところ
で、今日は、保守派論客の中で唯一、哲学や思想に関心
の深い佐藤さんと、「沖縄集団自決裁判」などをめぐっ
て対談が出来るということで、楽しみにしています。佐
藤さんは『私のマルクス』という衝撃的な本を刊行され
たばかりですが、柄谷行人広松渉への関心や、マルク
スやドストエフスキーへの関心、あるいは沖縄との個人
的な関係など、普通の保守派論客ではとても考えられな
いような思想傾向の持ち主で、僭越ながら私ともいろい
ろ共通な部分もあり、面白い話が出来るのではないでし
ようか。ここで、「沖縄集団自決裁判」問題に入る前に
、もう一度繰り返しておきますが、私は自分ではずっと
保守派のつもりですし、世代的には左翼全盛の全共闘
代なんですが、当時から私は皮肉交じりに「保守反動派
」を自称してきました。それは一貫しているつもりです
。確かに大江健三郎の文学には高校時代に決定的な影響
を受けましたし、私の文学的、思想的な原点、ないしは
出発点に「大江文学」があります。しかし大江文学に惹
かれはするものの、彼の政治的立場にはまったく反対で
賛同できません。にもかかわらず、今回、「沖縄集団自
決裁判」をめぐって、あえて大江健三郎擁護の論文を載
せたのは、曽野綾子に象徴されるように、保守側の言説
や論理が、いわば子供染みたルール違反を犯しているし
、しかもそれを支援している最近の保守派や保守論壇
論理がズサンで思想的レベルが低すぎると思ったからで
す。




佐藤 曽野綾子さんの誤読・誤記の問題ですね。曽野さ
んが「ある神話の背景」(「『集団自決』の真実」に改
題、ワック)の中で大江健三郎の「沖縄ノート」に触れ
た箇所で、大江氏が「罪の巨塊」と書いたのを「罪の巨
魁」と誤読、誤記してしまった、という指摘を山崎さん
は実証的にされましたね。




山崎 そうです。厳密に言うと、曽野綾子さんは、内容
的には明らかに最初から「罪の巨魁」と誤読していまし
たが、一応、当初は漢字だけは「罪の巨塊」と大江健三
郎の言葉を正確に引用表記していました。ところが版を
重ねるに従って誤字・誤読の「罪の巨魁」説が定着し、
つい最近まで雑誌や新聞に堂々とその誤字と誤読が放置
されていました。そこからこの問題を調べているうちに
保守論壇がずいぶんとおかしなことになっている、と
気づいたのです。まず、曽野綾子が誤読したものがその
まま保守論壇内で拡大再生産されている。渡部昇一や秦
郁彦、担当弁護士など、沖縄集団自決裁判に関して発言
している方々は、曽野さんの誤字・誤読をそのまま受け
売りしてしまっています。ここから、渡部氏や秦氏をは
じめ、保守論壇の大多数が、大江健三郎の「沖縄ノート
」という原典をきちんと読まずに、大江健三郎を批判し
罵倒しているということがわかりました。



佐藤 左右を問わず、批判というのは重要です。しかし
、そこには最低限、守られなけくてはならないルールが
ある。ある本の内容について批判するのであれば、その
本をきちんと読んでこい、ということですね。実は、開
かれたテキスト批評という意味では、誤読に基づいた批
評だってあっていいのです。読者には誤読する権利があ
ります。しかし、その場合でも、これは誤読に基づいた
上での解釈だということを認めてからでなければなりま
せん。




山崎 ところが、裁判で大江氏にこの誤読問題を指摘さ
れても、保守派の面々は「卑怯」「言い逃れ」「論点の
すり替え」と、正面から理論的に反論できず、情緒的な
罵倒を繰り返しているだけです。私は自分の影響力など
ないに等しいと自覚しておりますが、それでもこの月刊
日本で指摘し続けてきたためか、最近は、雑誌などでの
表記が、コソコソと秘密裏に、「巨魁」から「巨塊」に
訂正されつつあります。 発売中の曽野綾子の「集団自決
の真実」(『ある神話の背景』を改題、ワック)には今で
も「巨魂」とか「巨魁」という誤字が使われていますが
、その後、本が回収されたのかどうかわかりませんが、
その表記はまだ訂正されていないはずです。いずれにせ
よ、恥ずかしいというか、潔よくない態度です。



佐藤 まさに大江裁判というものがシンボルをめぐる闘
争になっているからです。まず、大江健三郎岩波書店
を叩くか、擁護するかという立場があって、その立ち位
置からテキストを、意識的、あるいは無意識のうちに解
釈しています。山崎さんが月刊日本1月号で指摘された
ように、<大江健三郎を法廷の被告席に引き摺り出しただ
けでも大成功」といった類の政治的意図が過剰です。私
は、日本の右翼・保守派がこのような発想になってしま
っていることに危険を感じています。そもそも、裁判な
どという制度は、人間は理性を用いて唯一の真理を突き
詰めることができると考える、理性偏重の左翼的発想そ
のものなのです。それに対して、右翼というのは人間の
理性・知性などタカが知れている、それよりも歴史と伝
統、寛容と多元性を重んじるという立場です。ところが
その右翼陣営が左翼の戦法で法廷闘争などやっている。
右翼に左翼の論理が滑り込んできてしまっています。




山崎 そうです。最近の保守派を見ていると、悪い意味
で完全に左翼化していますね。左翼的な集団主義的な市
民運動や裁判闘争ばかりで、思想闘争や言論闘争が無視
されています。しかもその裁判もかなり政治的で、この
「沖縄集団自決裁判」だって、赤松氏等の名誉回復が主
目的だったら「沖縄タイムス」刊行の「鉄の暴風」をま
ず訴えるべきでしょう。何故、それを引用して論を組み
立てた大江健三郎なんですか。最近は、「つくる会」の
分裂騒動はありましたが、それ以外に保守派内部に批評
や論争がまつたく不在です。「左翼か右翼か」とか「反
日か親日か」、「反中か親中か」とか、単純な二元対立
を作って、敵か味方かというレベルで議論している。保
守派内部にだって思想的な差異や対立、あるいは論争な
どは当然あるはずでしょう。しかしそれが認められない
。佐藤さんが言う、真理はある、ただしそれは複数存在
する、という、複数の真理、心理の多元性を内包できる
のが、元来の右翼だと思うのですが、しかし昨今の保守
論壇は「全員一致」でなければならないと思っているよ
うです。
ところで、曽野綾子さんには、もう一つの取材や調査に
関する方法論の問題があります。大江さんは、「沖縄タ
イムス」に連載された「鉄の暴風」というルポルタージ
ュをベースに「沖縄ノート」の赤松批判の部分を執筆し
たわけですが、それに対して自分は現場に出向き、現地
で取材をした、当事者から直接聞いた、だから自分のほ
うが説得力がある、大江健三郎は現地には一度も取材に
来ていないから駄目だ、という論理構成を曽野さんはと
りますが、これは間違っています。現場の声であればそ
れが唯一の真実である、という発想は危険です。物事に
は近くから見ないと分からないこともあるけれど、逆に
、遠くから初めて見えることもある。現地に赴かずに資
料を読み込んだ大江健三郎が真理を掴めていない、とは
言えないのです。そもそも現地で体験者たちに直接的に
取材すれば、常に真実を証言してくれるはずだ、という
前提がおかしい。初めて会った余所者に簡単に、一家や
一族の命運にかかわるような歴史の秘密など告白するわ
けないでしょう。赤松や赤松部隊の隊員にも直接イタン
タビューしたと曽野さんは言うわけですが、そもそも証
言や告白には常に嘘と虚偽が付きまとう……というよう
なことは文学者なら自明なはずですが、曽野さんにはそ
れがわかっていない。皮肉なことに、私のテキスト・ク
ティークによつて、曽野綾子の「ある神話の背景」は
その素朴な現地取材主義と素朴な実証主義の理論的破綻
が明らかになったというわけです。



佐藤 1対1の取材であれば真実である、というのは検察
の論理と同じですね。この前、元特捜検事の田中森一
んと対談しているとき、ハツと思ったことがあります。
田中さんが「日本の司法では、裁判所で陳述した意見よ
りも、検察官と1対1で供述して取った調書のほうが信頼
される」というのです。それは、密室では人間は本当の
ことを言う、という日本的な認識が暗黙の前提になって
いるからです。1対1で話を聞いたから、その内容は真
実であるという根拠などありません。

 さらに言えば、現場絶対主義というのも、真理を見出
す方法とは言えません。インテリジェンスの世界では、
できるだけ正確な分析を得るために分析官を現場から遠
ざけることがむしろ普通に行われています。CIAには
外国の分析を担当する分析官がいますが、そういう人た
ちは決して現地には行かないのです。中国の専門家は中
国には行かないし、ロシアの専門家はロシアには行かな
い。それは、行けば必ず私的感情や先入観が生じ、不必
要なバイアスがかかるからというのがCIAの言い分で
す。もっとも、イスラエルでは、私情と分析を区別する
訓練ができていると認定されれば、現地で調査すること
もあります。




山崎 私情の混入というのは大事な指摘ですね。曽野さ
んが全面的に依拠している資料テキストは、赤松隊の谷
本小次郎という隊員が、昭和45年にまとめた「陣中日誌
」ですが、これは面白い資料ではありますが、後日の加
筆修正、削除などの疑いが濃い。現に赤松自身が少年処
刑の部分を、書き加えたと証言しています。曽野さんも
認めていますが、赤松隊とも密接な係わりがあったはず
朝鮮人慰安婦朝鮮人軍夫のことにもまったく触れて
いません。要するに自分達に都合の悪いことは書かない
か、削除したという可能性を否定できない。とすればで
すね、その性質上、赤松隊にとって好意的な記述となっ
ているのは当然なのです。少なくとも客観的な資料では
ないし、絶対的なテキストではありません。この資料に
全面的に依拠している曽野さんの歴史記述は、第三者
な、客観的な立場から記述しているかのように装ってい
ますが、その根底では実は、赤松隊長の娘を「お嬢さん
」と呼び、「極悪人」とか「戦争犯罪者」呼ばれる父親
を持った彼女達の人生が不憫である、とかいうようなこ
とを書いていることからもわかるように、最初から赤松
隊長擁護、赤松部隊擁護を目的に書かれたもだと言って
いいと思います。逆に、投降勧告に来て、自決を強いら
れ、自決幇助という名の下に赤松部隊の隊員に斬殺され
伊江島若い女性達には、曽野さんは、一片の憐憫の
情すら感じていないように見えます。曽野綾子の歴史記
述のエクリチュールの政治性は明らかです。そういう立
ち位置であれば、見えてくる真理も大江氏のものとはだ
いぶ違ってくるのも当然なのです。むろん、曽野綾子
ような歴史の書き方はあり得ます。ただ、それが絶対的
な、唯一の沖縄集団自決に関する真実の歴史記述だとは
言えないということです。





佐藤 それは世界史の問題でもあります。日本にとって
元寇という出来事は、国家存亡の危機であり、歴史に大
書特筆すべき事件だったけれども、チェコにとっては瑣
末な出来事です。チェコにとって17世紀のビーラー・ホ
ラの戦いは後の三十年戦争の原因となる歴史的大事件で
すが、これは日本から見た歴史においては大した意味を
持ちません。このように、立ち位置が異なれば、見えて
くる世界、歴史も異なります。そしてそれらはそれぞれ
にとって、真理なのです。
 同様に沖縄の集団自決問題も、立場が違えば受け取り
方も異なってきます。手榴弾を渡されたという事実にし
ても、投弾訓練もせずに配られた側からすれば、これは
自決せよという意味だな、と受け止めるのは当たり前で
す。人間は偏見から逃れることはできないということを
イギリスの保守主義エドマンド・バークは、指摘しま
したが、そのことを日本で保守主義者と自己規定する人
たちはもう一度真剣に考えてみる必要があります。複数
の真理に耐えうるることができなくなっているというの
は、日本の右翼思想、保守思想の伝統が危機に瀕してい
ることの証左と私は認識しています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(以下略)




■「月刊日本」→http://www.gekkan-nippon.com/
■「月刊日本」お問い合わせ→http://www.gekkan-nippon.com/contactus/index.htm