文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

安倍と折口の対話…。


. 北朝鮮拉致被害者家族から絶大な信頼を寄せられ、時の人でもある安倍官房副長官安倍氏自民党社会部会長時代、介護保険制度に深く取り組まれた経験をお持ちです。介護に関する知識、情報が豊富な安倍氏と折口会長の対談が実現しました。


※この企画はマスコミ界の重鎮、佐藤正忠氏のご尽力で実現しました。


佐藤 折口さんが介護の仕事に入ろうと思った一番の動機は何ですか。
折口 自分の父親を介護して大変だったことです。家族介護がいいと思っていました。実際にやってみると心身共にすさんでしまいます。公的セクターの介護、特別養護老人ホーム、どれも問題がありました。民間で24時間体制の在宅介護ができると理想的だと思っていたのですが、その時は介護保険のような制度ができると思わなかったのです。介護保険ができたとき、これが事業としてできるのなら、もっと質の高い介護ができるのではないかと思い、この業界に入ったのです。

安倍 介護保険制度が導入されたときに、私は自民党社会部会長をやっていて、当時の亀井政調会長の下で、保険料徴収を延期する、しないという大論争がありました。結果的には国民的な動きを起こすきっかけになり、スムーズに介護保険制度をスタートすることができたと思います。一番大きな問題は、新たに国民のみなさまに負担していただくわけですから、それを納得していただけるかどうかです。日本はずっと家族介護でした。家族介護を実現するためにはインフラが必要です。昔は大家族がいて、それを支える地域のコミュニティがあった。今は残念ながら、その基盤がほとんどなくなってしまった中で家族介護をやると言っても、かえって家族の絆が失われる危険性がある。介護保険制度導入の際、自民党内にも大変大きな批判がありました。一部の割とラジカルな人々の中には、もう家族でやるものではない、社会が、国が、やるものだという方もいました。 介護を他人まかせにしていいのだろうか、家族の絆を薄めていくものになりはしないかという議論もあったのです。私はその意見には極めて抵抗を感じました。むしろ家族の絆を守るために、介護保険の導入が大切だという位置付けなのです。そういう大論争もあったのですが、その観点は大切です。施設介護もやり、在宅介護もやる。在宅というのは家にいて、子どもたちとも一緒に生活し、家族のぬくもりを維持しながら、国や社会が責任を持っていくという姿勢だと思うのです。

折口 私たちは「家族は愛を、介護はプロに」という考え方です。家族は絆、団欒を持ちながら、大変なことはプロの介護士が行う。例えば、真夜中におむつを替える、お水を飲ませる、寝返りをうたせる。それを家族が毎日続けたら…。看病は3ヶ月ぐらいで終わります。しかし、介護は何年と長いわけですから、実はまったく異質なものなのです。今の介護保険は、大変なところは公的な力を借りるという部分が、きちんと活かされていると思います。

安倍 あとはやはり民間の方の機動力で「事業として成り立つ」ことが大切ですね。今まではそういう制度は全部、国が税金でやっていた。そうなるとやはり悪い意味での親方日の丸になりますし、頼むほうも頼みにくい。介護措置されるということですからね。介護保険制度が導入されて、みんな権利として使える。これが私は非常に大事な要素だと思います。そういう中で、コムスンは一生懸命やっておられる。ただ、これからの課題は今のペースで要介護者が増えていっていいのだろうかということです。介護保険制度が理解されればされるほど、利用率は高まります。ある意味ではいいことですが、厚生労働省の予想を上回って利用給付が増えてくると、介護保険料と税金に頼っていますから、成り立たなくなる危険性があります。大切なことは、安易に要介護者を増やさないように、予防に力を入れることです。その時にも、民間の介護をやっている人たちのノウハウを活かしてもらえたらと思います。


写真中央が佐藤氏



折口 プロの介護士が行う介護力が発揮できる場所は、そこなのです。その人が、その人らしく生きられるようにすることをお手伝いする。つまり、持てる機能は使っていただく。そして最後のところだけちょっとお手伝いをする。正確には医療的な言い方になりますが、それがいわゆる「リハビリ」となるのです。介護会社が絡まなければ寝たきりになってしまう人も、定期的なケアをすることによって寝たきりにならないで済む。すると将来的にさまざまなコストも減ります。システマティックで、きちんとしたノウハウで行っていれば大丈夫だと思います。コムスンの理念でも「高齢者の尊厳と自立を守る」というものが一つのセットになっています。どちらかというと家族介護は尊厳を守るだけで、自立は守れない。お母さんが寝たきりになってしまうと、お母さんが大変、かわいそうとなり、どんどん寝たきりになってしまう。本当はサポートしてあげればお手洗いも行ける。ところがプロの技がないとそれも危険なわけです。ですからまだ歩けるのに「その場でいいよ」となってしまう。私たちは自立を守るということも大切なポイントにして、いわゆるリハビリに近い介護にあたっています。
佐藤 国の立場として介護保険の一番のポイントは何でしょうか。

安倍 介護保険料の9割が保険給付で残りの1割が自己負担です。保険給付のうち5割が公的負担、あとの5割が保険料で、それぞれが支えあっていくことだと思います。掛け捨てではありますが、誰もが最後の段階で介護を必要とする、また誰かを介護しなければならない立場になるという可能性も高いわけです。何らかの形で、自分にも給付はあると思っていただいていいと思います。

折口 必ずしも掛けた分を使わない人もいる。使う必要のある人は使う。セーフティネットがあることが安心なのです。

安倍 あとは要介護度が上がらないようにしなければならない。健康指導、栄養指導などでかなり抑えられるのですから、国としては、介護の対象にならないように、よく見ていく必要があると思います。65歳を過ぎて介護が必要になるまでの間隔は、日本が一番長いらしいですね。元気でいる期間が日本人は長い。これはひとことでいうと食生活です。ですからこの点に着目して、その研究をもっと奨めるべきではないかと思います。


佐藤 コムスンを経営していく上で一番頭の痛い問題は何ですか。
折口 スタッフの確保です。ただ、今は過渡期だと思っています。スタッフの資格は取っても、実際にその会社では働かないという人が多い。色々な要素があると思うのですが、今まではまだ産業として認められていなかったので、就職、転職するという安定感がなかった。今はだいぶ認められ、この先はもっと新卒採用も増えると思います。コムスンでは今年高卒者を500名以上採りました。日本で4位です。1位がJR東日本で2位がトヨタ。来年は1000人採ろうと思っていますから、たぶん1位になると思いますよ。

安倍 高卒者1000人採ると1位ですか。それはすごいですね。

折口 今、これだけ就職率が悪い、失業者が多いという中では、受け皿としても価値があると思います。

安倍 入社してから資格を取るのですか。

折口 もちろん資格は持っていないので、会社で1ヶ月ほどの教育研修を行い、ヘルパー2級を取っていただき、私たちの理念や技術を教育するというシステムです。会社としても純粋に理念を持った人材を育てられるというメリットがあります。介護は広い範囲からの雇用の受け皿になり、そういう面でも、経済活性化のひとつになると思います。介護の仕事は「気持ち」さえあれば可能です。新卒者も徐々に入ってくるようになりました。一方、介護福祉の専門学校や卒業者、有資格者の短大卒も数十名同時に採用しています。今、日本の失業率は上がってます。また、欧米よりも主婦の就職率が低い、という現状。介護という仕事は広い範囲で彼らの受け皿となります。彼らが働けば、可処分所得が出ますから、お金を使い、経済は活性化します。今までは公共工事にかかったものが介護関係の施設、例えばグループホーム、有料老人ホームを造る方にシフトしていき、そこで労働人口ができる。単に高齢者をケアするだけのインフラというよりも、経済活性化のひとつの仕組みの中でできるのではないでしょうか。


佐藤 国としても介護保険とは画期的な制度だと思います。

安倍 介護保険制度を導入しているのは日本とドイツだけだと思います。
折口 私はドイツ、デンマーク、イギリス等、現地に同行し研究しましたが、総合的に見ると日本の介護保険制度は素晴らしい。一番いいのは保険で、いい意味での権利意識を持てること。同時に競争原理の中でしっかり民間活力を使っていることです。ドイツは日本よりも先に実施しましたが、日本に比べ民間活力の使い方はそれほど進んでいない。特に家族に現金給付がありますから、家族がお金をもらって対価としてやってしまう。ケアはできてもインフラは成長していかないという面があります。デンマークは仕組みはよくできていますがすべて公金からの負担。イギリスは看護色、医療色が強くてお金が多くかかる仕組みです。

安倍 日本の介護保険に足りないところはありますか。

折口 今回の改正で今までの反省点がずい分と反映され、以前に比べて「足りない」と感じられる部分はほとんどないと思います。充実しましたね。

安倍 まだ完全に確立されてはいないのですが、ケアマネジャーというのは極めて重要な職業治す、介護は続いていくものだということが理解できてきたのだと思います。医療の世界ではものすごくお金がかかるのに、介護の世界ではそうでもない。医療の世界にいると、薬のにおいが染みついてしまうけれども、介護の世界ではそうではないですから。
折口 やはり専門性が違うと思います。医療と介護は近いのですが、医療の専門性は病気を治す、介護は例えば服を取り替えることなどを重視しますので、そのカテゴリーで気持ちよく服を着替えさせられることが、もっとも大事なのではないでしょうか。今の介護保険で、まだ十分ではないところがひとつありました。今の区分けでの、特別養護老人ホームといった社会福祉法人の問題です。「民間」がなぜできないのかという分野です。ケアを主体にしているところで民間がやれない理由が、あまり論理的に説明できにくい状態になっていると思うのです。それと介護保険が始まったときに、新聞で1割負担になって、かかる金額が増えたという報道があり、いつも論議されるのです。無料だったのに1割になったという人はいると思いますが、今でも生活保護法を適用されている人は無料です。

  安倍 そうです。間違った解釈ですね。

折口 逆に多くの人が1割負担ですむようになり、一般の方はかなり軽減されました。前は年収500万円の人が、寝たきりの親の介護をしようと思った時に1ヶ月あたり18万円ぐらいの個人負担があった。その制度は事実上一般の方には難しかった。ところが1割負担で誰でもできるので、本当に平等になりました。

  安倍 細かく1割負担の上限もあります。

折口 もう一つ。公的セクターはよくて、民間はだめだというマスメディアの論調も、ただ営利主義だからという理由のものでしたが、よく考えてみると利益を上げるためには顧客満足度を最大にしないといけないので、それもやってみてから批判してください、ということです。


安倍 介護の場合、生活の自立を支援することに中心があって、あとはハートの問題があると思いますが。
折口 そそのハートの問題が健康状態にとても影響します。家事援助は必要なのか、そこまでやる必要はないのではという議論もありました。しかし、実際に現場に行きますと、独り住まいの老人で部屋を掃除できない。不衛生で、どんどん病気になってしまう。という状況が、きれいに片付けて気持ちよくすると、気分まで晴れて元気になるのです。

安倍 それはおもしろいですね。

折口 つながっているのです。「病は気から」と言いますが、気持ちで随分違うのです。

安倍 ずっと病院にいるのではなく、なるべく早く帰って来られるようにする。そのためにも、介護保険が整っていないとね。長野県は一人当たりの医療費が日本で一番安いのですが、同時に60歳を過ぎて仕事を持っているなど、社会的なつながりを持っている人の比率も一番高い。福岡県は一人当たりの医療費が最も高くて、60歳を過ぎて社会的なつながりを持っている比率が一番低い。どちらのお年寄りが幸せかといったら、誰が考えても長野県ですね。長野県は昔から「死ぬ時は家で死ぬ」という考え方が非常に強い。ですから重病になると「もういいです」と家に帰ってきてしまう。そこでどういうことが起こるかというと、たまに元気になってしまう人も出てくるのです。一方、福岡県は「しょうがない」と思うと病院にずっと入れっぱなしにする。そして、そのままだめになっていく。ですからそこにも将来医療費を軽減していく手口はあると思います。

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佐藤 結果として介護保険制度の国の方針は、これからどういう方向に進むのでしょうか。
安倍 今あるものは試運転期間中ですから、現場の声と介護を受けている方々の声を吸収しながら、問題があれば直し、さらに良いものにしていきたい。基本的には今までのやり方に間違いはないと思います。一番のポイントは、近い将来は、団塊の世代の人たちが要介護になり始めます。そこで耐え得るような保険財政をどうすればいいのか、今から考えておく必要がある。そのためにもなるべく要介護の世界に入らないような治療、また入ってきたとしても、リハビリ的な介護をもっと重要視する必要があると思います。

折口 介護保険がなくてそのまま放っておくと、医療費は莫大になってしまいます。介護保険が脚光を浴び、インフラを作って財源は大丈夫かという心配も出ると思います。しかし、ここを充実させ、国民の意識を高めていくことによって、膨大な医療費を抑えることができます。コムスンは日本で初めて厚生労働省から24時間巡回介護の認定をされた会社です。巡回介護が理想的なパターンだと思いました。その後、介護保険が始まると同時に、その需要を引っ張り出す役目をやろうと思ったのです。始まった当時はマーケットがないとか、やり方が間違っているなどと批判されましたが、それは誤解にすぎませんでした。やってよかったと思っています。コムスンは介護会社の中では、象徴的な存在になっていますので、責任もあると思います。これからも志を高く持ち続けて、使命感を持って業界がよくなり続けるように、頑張っていきたいと思います。

http://www.comsn.co.jp/comsnpress/tsushin/ct-10/p-n10-6-11.html