文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記1(1) 』です。

憂国忌で西尾幹二氏と…。

昨日は憂国忌に出席。35周年ということで、例年と違い今年は、九段会館大ホールで鎮魂祭とシンポジウムが行われた。僕は、25周年の憂国忌以来、発起人にもなり、毎年出席している。僕にとっては、憂国忌は今や、年末が近くなる頃にやってくる年中行事のようなものになっている。保守論壇の友人や先輩達に会えるのも楽しみの一つだ。たまには未知の若い読者やフアンに遭遇することもないわけではない。今年のメインは村松英子さん司会のシンポジウムだったが、これが豪華メンバーを揃え、中身も充実していて、なかなかよかった。一人6分ぐらいずつ、一人3回話すというシステムが、こういうシンポジウムによく適合していたようだ。西尾幹二さんや井尻千男さんの話も、たっぷり聞くことが出来た。西尾氏が、最近の保守に象徴されるような、他者を見失った「一国中心主義的歴史観と愛国論」を批判して、外部や他者を意識した「複眼的・相対的な歴史観と愛国論」を主張したのが印象的だった。これは、僕なりに言い換えれば、昨今の唯我独尊的な「左翼なき保守」思想批判である。つまり昨今の保守論壇や保守思想の貧困と退廃という問題である。西尾氏の保守思想・保守論壇批判に、僕は共感する。また入江氏が最後に、江藤淳に触れて、三島の死を「病的、衰弱」と言って批判的に嘲笑した江藤淳も、最後は三島の死の意味を理解し、それを反復せざるを得なかった形で自決・自死した、と語ったのが、江藤淳の弟子を自認する僕には印象的だった。さて、今年は、西村幸祐氏や八木秀次氏、福田逸氏などの若手論客達も勢揃いして、豪華であった。先日の平河総研講演会で紹介された中国人日本研究家の「石平」氏も出席しており、2次会には彼と一緒に会場まで移動した。途中、いろいろ話したが、これからの日本論壇になくてはならない「ガイジン論客」の一人だろう。近日中(26)に、東大駒場祭で、呉善花黄文雄氏らとシンポジウムを開くそうだ(下記参照)。二次会は神保町の中華料理屋だったが、出席者の多くが実は思想的には「反小泉」で、言い換えれば、主催者の宮崎正弘氏を中心に保守論壇の「反小泉一派」が総結集したような形で、なかなか盛況だった。帰りがけに、一昨日、西尾幹二氏から新著が届いていたのでお礼を言うと近づいて行くと、意外な話になった。「あなたに送ったあの本は、10冊の中の一冊だからね。」と言うではないか。まだ見本刷りの段階で贈ってくれたものらしい。「エッ!」というわけで驚きと共に感激したわけだが、西尾氏は実は、僕のこのブログを読んでいるらしいのだ。「小泉マンセー」ブロガーで、西尾氏のブログを荒らしまくった「ゴリ氏」一派のの話をすると、「あんなもの小さい、小さい…」と意に介していない様子だ。「それよりあなたのブログ期待しているよ」と言われて、またまた感激した次第である。西尾氏の新著は、『狂気の首相で日本は大丈夫か』(PHP)というタイトルだが、徹底的な「小泉政権批判」の書である。冒頭には、産経新聞「正論」に掲載を拒否されたというエッセイをかかげ、本文は「保守論壇を叱る」という最新作から始まっている。「保守論壇」内部で孤独な戦いを続ける西尾氏の気迫がヒシヒシと伝わってくる過激な論争の書である。