塩見孝也さん(左)と私。
塩見孝也さん(左)と私。
10年ぐらい前に、某雑誌の企画で、元赤軍派議長の塩見孝也さんと対談したことがある。私の希望で対談したのである。対談原稿は、新刊の拙著『ネット右翼亡国論』(https://www.amazon.co.jp/dp/4802130627/ref=sr_1_10?s=books&ie=UTF8&qid=1497331446&sr=1-10)に収録してある。
私は、学生時代から、左翼嫌いで、小林秀雄や三島由紀夫、ドストエフスキーなどを読み漁りながら、「保守反動」を気取っていたが、左翼過激派は嫌いではなかった。今でも、私は、廣松渉、柄谷行人、大江健三郎を愛読している。
私は、西部邁、西尾幹二、櫻井よしこ等、いわゆる最近の保守の本は読まない。金と時間の無駄である。私は、小市民主義的な、穏健、愚鈍な保守より、命懸けで革命運動に邁進する頭脳明晰な左翼過激派が好きだし、尊敬している。
塩見孝也さんが亡くなったと聞いて、我々の同世代の最も過激な政治活動家、思想的ヒーローがついに消え去ったたのだと思う。小銭儲けやささやかな立身出世ばかり狙っているような最近の左翼にも右翼にも、自称・保守にも、私は、興味ない。
▼▼▼▼▼▼▼▼以下引用▼▼▼▼▼▼▼▼
元赤軍派議長・塩見孝也さんが死去。
2017年11月15日13時56分元赤軍派議長で評論活動もしていた塩見孝也さんが14日、心不全のために亡くなった。76歳だった。葬儀は未定。
京大在学中に活動家となり、武装闘争を主張して1969年に赤軍派を結成。「よど号」ハイジャック事件(70年)など一連の赤軍派事件を首謀したとして、懲役18年の実刑判決を受け、東京・府中刑務所で獄中生活を送った。出所後、赤軍派時代の自らの武装闘争路線は誤りだったと総括。都内の市営駐車場に勤める傍ら、時代を振り返るトークショーなどに出演した。2010年には生前葬を営んで話題になった。
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『ネット右翼亡国論』
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4802130627/ref=s9u_simh_gw_i1?ie=UTF8&pd_rd_i=4802130627&pd_rd_r=XMH8EAR43A4X2MG0MZF1&pd_rd_w=Oh2B5&pd_rd_wg=FkuIT&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_s=&pf_rd_r=F4B8ZKXB5WD3EV658PBK&pf_rd_t=36701&pf_rd_p=d4802771-73ad-49b1-a154-90aaec384d3e&pf_rd_i=desktop